第35想 ケビンの計略
立ち去ろうとする私に、シルフィは首を傾げていました。
「殺しておきましょうか?」
「結構でしてよ。敵対するのであれば、また倒せばいいことですわ」
戻る道中で、松葉杖で必死に追いかけて来ていたソフィアと合流しました。シルフィが間に合ったことに安堵していました。
「残った信徒は、何故かあたしを無視して逃げて行きましたよ~」
「ソフィアも、無事で何よりでしてよ」
バルド教皇の件は、さすがのソフィアを眉をひそめていました。
「マーガレットさん、らしいんですけど、ちょっと甘すぎませんか~?」
「私が裁かずとも、裁かれるのではなくて?」
「聖域教団の信徒みたいな発言ですね~」
笑い合いながら、祭壇の間が見える頃には、私の体を集中力切れと筋肉痛が襲っていました。自分の力で立っていられません。
「マーガレット様、大丈夫ですか?」
すぐにシルフィが肩を貸してくれました。
「ごめんなさい。戦女神を使った反動でして……辛うじて意識は保てているのですけれど」
「ああ、あの時もそうでした。でも、ご安心を。わたくしが宿まで責任を持って――」
「おお、我が女神よ!」
祭壇の上から高らかに響くその声に、私は見上げました。
「……最悪の時に現れてくれましたわね、ケビン」
ざざという土を踏む音があちこちから聞こえました。出てきて武器を構える信徒たちには、先程の戦いにも紛れていた顔がいくつもありました。
「……100はいますよ~さすがにこれは手の打ちようがありませんね~」
松葉杖を離し、ボウガンを構えながらソフィアは諦めたように告げていました。
「逃げ道も……塞がれていますね……」
シルフィの視線の先にある戻る道には、びっちりと信徒が集まっていました。完全に出し抜かれましたわね……
「僕には確信がありましたよ! 貴女様は教皇を絶対に殺めないと! ですが――」
「マーガレット様、ごめんなさい。少しだけ寝ていてください」
じりじりと近付く信徒たちに、シルフィは私を床へ下ろして応戦の構えを取りました。こんな時に立てない自分が情けなくありました。
「僕は貴女様を殺せてしまうのです! そして、教団は何事もなかったように再興できてしまうのですよ!」
ケビンは馬車の中でアレックスを黙らせた時のように、雄弁に語っていました。私は軽視していたようですわね。
「この数相手では、わたくしの腕では死人を出してしまうかもしれません……そもそも、倒し切れるかも分かりませんが」
そう告げながらシルフィは、そっと鉄の針を取り出しました。
「それから、暗部の天才と言われるそこの愚かな淑女よ! 貴女様には心から感謝しています!」
そう言い放つと、彼は懐に手を入れ、1冊の本を取り出し、私たちの元へ投げ捨てました。そこに転がったのは――
「……そんな」
見慣れた表紙が見えました。それは、『王女様、恋の空回り』でした。それに、絶望の色を滲ませたシルフィが小声で呟いていました。
「貴女様の正確な人物像のおかげで、簡単に男どもは分断できましたよ、滑稽ですね、あははは!」
「シルフィ! 違いますわ、貴女の責任ではありませんわよ!」
確かに読み解ければ、私はもちろん、アレックスやゲオルグの性格を把握することもできるかもしれません。
ですけれど、平民たちや他の貴族から、私のことが書かれていると、触れられたこと一度はありませんでした。
だって、お父様が読んでも、キスの相手がゲオルグに辿り着けないほど、緻密に創られているもの。
ですから、ケビンの読解力が異常なのであって、シルフィの責任ではありませんわ。
「……悪用されることまで、計算できていませんでした。ごめんなさい、マーガレット様」
その涙声と同時に、シルフィは走り出し、信徒たちへ次々と鉄の針を投げ、最後の2本を手に持ち、多勢な信徒に囲まれてしまいました。
それを援護しようと、ソフィアもボウガンで応戦していました。
ですけれど、1人の信徒に後ろを取られてしまい、矢を放てず、松葉杖とボウガンで攻撃を避けるだけとなっていました。
「シルフィ! ソフィア!」
こんな時に何故、私は立てないのでして! 悔しくて悔しくて涙が溢れました。大好きな親友たちの命の危機なのでしてよ?
何が武闘派オリジンでして? 何が戦女神でして?
動いてくださって、私の体!
「お困りのようですね」
ぬっと私を覗き込んでいたのは、ケビンでした。嬉しそうに微笑むケビンは高らかに笑いました。
「あーはっはっはっ! ですが、お嬢様方のお遊びの時間はここでおしまいなのですよ。安らかに眠ってください。未来の女王よ……」
ケビンの手に握られたナイフが振り上げられた瞬間、空気を裂く音と共に鉄の針が2本、飛んできました。
「マーガレット様ぁぁぁっ!」
シルフィの最後の鉄の針は、ケビンを大きく飛び退いてくれました。ですけれど、シルフィは丸腰になりました。
「ぎゃぁぁぁっ!」
悲鳴が祭壇の間に響きました——
ですけれど、それはシルフィではない声でした。ソフィアでもありません。
「マーガレットォォォッ!」
あの声は……ゲオルグ……私は涙が止まりませんでした。
「大丈夫か、シルフィ!? マーガレットはどこだ?」
「あ、ありがとうございます、殿下。マーガレット様はあちらに」
あの憎たらしい声は、アレックスですわね。ふふ、もう大丈夫ですわ……だって、あの2人は、とても強いですもの。
「ソフィア嬢、大丈夫か?」
「間一髪でしたよ~ゲオルグ公爵。助かりました~」
そして、ケビンと対峙したのはアレックスでした。
「よう、ケビン……次にお前と会ったら、言ってやろうと思ってたことがあるんだ」
その言葉に、ケビンはナイフを構えながら応じました。
「現実を知らない子供が、僕に何を言うつもりですか?」
「お前のあの馬車での意見は、俺が責任を持って受け継ごう。だから、安心して――」
あっという間でした。
アレックスの剣が、ケビンの胸を貫いて、背中へと突き抜けました。そして、ケビンはビクンと一度だけ、痙攣したきり、頭を垂れ、動かなくなりました。
「我が国から去れ」
アレックスにしては、格好いいですわね。などと、私は浮かれて見ていました。剣を抜いたアレックスが私の元に駆け寄りました。
「あはは、動けないマーガレットなんて、初めて見たな」
「弱っている女性に最初にかける言葉がそれでして?」
「誘拐の時は、寝たきりを見に行けなかったからな」
「……まったく貴方は呆れた方ですわね」
視界の中にソフィアとシルフィも映りました。良かったですわ。2人とも無事のようでした。
「ゲオルグは?」
「残った信徒を倒してますよ~」
私の質問に、ソフィアが答えました。相変わらず真面目ですわね。
「ところでシルフィ――」
アレックスは、何やらシルフィと話し込んでいました。少し離れたお2人でしたが、並ぶ姿はとても絵になっていますわね。
「く、くふふ、ふはははっ!」
その笑い声は、死んだはずのケビンからしていました。
「僕、だけでは、死にませんよ!」
ゆっくりと手を振り上げたと思えば、どさりと倒れました。何だったのでしょうか――
次の瞬間、あちこちの柱で炸裂音が弾けました。
「マーガレットォォォッ!」




