第32想 隠されていた秘密
翌朝、私の部屋の床には、手足を縄で縛られた殿方が転がっていました。エドガー王子でした。
「……仕事が早いですわね、シルフィ」
「グランヴェールに比べたら、ザルもいいところでした」
流石は暗部の天才、というところですわね。
「なな、何の用だ、貴様ら! 金か? 金が欲しいのか? それなら、いくらでもやる! 僕はあのエドガー・イルマノだぞ?」
「結構でございましてよ、エドガー王子。それよりもお尋ねしたいことがありまして?」
体をガクガクと震わせて怯える様から、この方はよほど生ぬるい環境で育ったのだろうと察しました。
「グランヴェール王国に戦争を仕掛けるつもりでして?」
その言葉を聞いた途端に、顔色が良くなりました。そして、震えも急に収まったようでした。
「何だ、貴様ら、あの国の犬か。怯えて損したわ。ゴミが」
「はい?」
「痛い、痛い、やめろ、ブスが!」
寝技をキメていた私の耳へ、聞いたことのない暴言が飛び込んできました。
パキ……
「あ……」
怒りのあまりに、ついやってしまいました。
「やっちゃいましたね~意識取り戻すまで気長に待ちましょうか~」
「今のは許せなくて当然だと思います」
辛うじて、殺してはいませんでしたが、危ないところでした。
しばらく、目覚めそうにないエドガー王子には、シルフィが監視として付きました。そして、私とソフィアで昼食を買いに出かけました。
「そういえば、あれからケビンさん、見かけませんね~?」
「そうですわね」
「ジョージ王子と話が食い違い過ぎてて、たぶんですけど……マーガレットさん。あたしたち、ケビンさんにハメられたんじゃないですか~?」
「そうですわね」
私はここの食べ物は口に合わなそうなので、やはりドーナツなどを買うことにしました。シルフィの分も、もちろん買いました。
部屋に戻ると、目を覚ましていたエドガー王子をシルフィがちょうど足で踏みつけているところでした。
「あら? シルフィも何か言われまして?」
「はい……危うく殺すところでした」
「ブスどもが!」
2度目はさすがに響きません。うるさいので、口に布を噛ませて巻きました。
「シルフィ、貴女の分でしてよ」
「ありがとうございます、マーガレット様」
「何か聞けまして?」
私の問いに、ドーナツを咥えるシルフィは首を横に振りました。
「まだ何も……意外に口が固いようです」
少し困った様子のシルフィを見て、ソフィアが前に出ました。
「マーガレットさん、ここはあたしに任せてくれませんか~?」
「何か策がありまして?」
「むふふ……秘密です。お2人は、外に出ててくださいよ~」
「1人で大丈夫でして?」
「大丈夫ですよ~任せてください」
私はシルフィと共に部屋を出ました。心配する私とは違って、シルフィは興奮気味にドアに耳を付けていました。
「何してまして?」
私の言葉を遮るように、シルフィは人差し指を口の前に立てました。
「たぶんですけど、この中では色仕掛けが行われているんです」
「色仕掛け?」
「拷問の1つなのですが、殿方の欲望を刺激して情報を聞き出す技です。例えでよく、表のオリジンに対して――」
シルフィは少し頬を赤らめて告げました。
「夜のクライス、と言われるほどです」
知りませんでした。幼い頃からの付き合いでしたが、暗部ということしか聞いていませんでしたし、詳しいことに興味もありませんでした。
「……」
静かに時は流れて行きました。ですけれど——
夜のクライスと言いましても、一体、中では何が行われているのか、私には想像も付きませんでした。
「終わりましたよ~」
何も変わらない様子のソフィアが部屋から顔を出しました。
中に入ると、息が上がり、顔を赤らめ、汗をかき、意識を失っているエドガー王子の姿がありました。
「何をしたのでして?」
「そうですね~……マーガレットさんに、子供が出来たら教えますよ~えへへ」
「っ!? やはり色仕掛けを……わたくしにも伝授してください」
「それはダメですよ~これは、クライス家だけの秘伝ですからシルフィの頼みでも聞けませんね~」
がっくりと肩を落としたシルフィをよそに、ソフィアは聞き出した情報を語り始めました。
「結論から言えば、黒幕は教皇でした。しかも狙いは、戦争による女王様の失脚ではなかったんですよ~」
「え、まさか?」
シルフィの言葉にソフィアは頷きました。
「ケビンにまんまとやられちゃいましたね~」
「……狙いは、やはりマーガレット様の孤立ですか?」
「何故、私でして?」
私の率直な疑問に、2人は顔を合わせて頷きました。
「女王様から許可はいただいてますし、頃合いかもしれないですね~」
「伝えるんですね……マーガレット様、覚悟して聞いてください」
「な、何ごとでして?」
いつもふざけている2人が、真剣な目をしていました。私は、固唾を飲みました。
しばらく、エドガー王子の寝息だけが聞こえる静かな時間が流れました。
「マーガレットさん、実は貴女には本当のお母様がいるんです。それが、女王様……シレーヌ・オ・グランヴェール様なんですよ~」
「は? 何の冗談でして?」
意味が分かりませんでした。だって、私の記憶には、お母様はお母様しかいないのですから。
「信じられませんよね~あたしが同じこと言われても信じられないですし」
「そして、殿下は女王様のご子息ではありません……先代王のご子息で、血の繋がりがなく」
シルフィの続けた言葉にさらに驚きました。
「な……そんな馬鹿な話がありまして?」
それはまるで、これまで生きてきた世界の、全てを否定されているような思いでした。
「ですから、実は王位継承権が正統に持ってるのはマーガレットさん、第1王女の貴女だけなんですよ~」
待ってください。それでは、これまで積み上げてきたオリジンの誇りは何でして?
「そして、これらの情報が、聖域教団に漏れていたので、ずっとマーガレットさんが狙われていたんですよ~」
「……なるほど、ギュネイはその一端だったのですね」
「しかも、ケビンに乗せられ、まんまと本拠地に誘導されちゃった現状って感じですね~」
「でも、ソフィア様……わたくしたちの同行は計画外ではありませんか?」
ソフィアはにまりと笑いました。そして、胸を張りました。
「ふふ~ん、そこにつけ入る隙がありますね~」
「……殿下とゲオルグ公爵は、同行が計算されていたのですね。だから、嫉妬心を煽るような美形の同世代であるケビンを配置した」
配置でして? 最初から計画されていたのでして?
「そうなんです。まんまと分断されましたね~あはは」
「なるほど……分かりました。馬車でのあの苛立ちは、わたくしたちが排除できないからだったのですね」
野盗もケビンの手配だったとソフィアは話しました。その理由は、ソフィアとシルフィを消すためだったことも語りました。
「待ってくださいまし。ですけれど、ケビンはお父様の紹介でしてよ? お父様が裏切っていたというのでして?」




