第31想 ジョージ王子の悲劇
どうしたものでして? 自室へ戻ることもできず、お風呂に入ることもできそうにありませんわね。
「……ソフィア、何か妙案はありませんのでして?」
私の言葉に、ソフィアはしばらく考え込んでいました。そして、何かに気付いたように視線を合わせ、頷いていました。
「……マーガレットさん、あそこにシルフィもいますから、やっちゃいますか~?」
ジョージ王子の手勢は、見える限りで16人でした。この程度の数なら、私とシルフィの敵ではありませんわね。
「そうですわね。いつまでも、ここで過ごす訳にもいかないですもの――」
私は早速、ソファーから飛び上がり、ジョージ王子へ走り込みました。
「雑魚はわたくしにお任せを!」
その間、それを妨害に入る配下の皆様には、シルフィの鉄の針が、次々と急所を避けて刺さりました。
「またお会いしましたわね、ジョージ王子」
私は、抵抗する間も与えずに寝技を決めました。ですけれど、意識は落としておりません。
「フ、フハハ、素晴らしい! これがグランヴェールの戦女神か」
「……やはりもうご存知のようですわね? 何が狙いでして?」
痛がりながらも、笑みを絶やさないジョージ王子は、予想もしていなかった答えを口にしました。
「貴女に、頼みが、あるのだ……」
「頼み、でして?」
「この国を、終わらせてくれ」
「は?」
あまりの言葉に、私は力を抜いてしまいました。すると、ジョージ王子は、その瞬間を見逃さず、するりと抜け出しました。
そして、膝をついて頭を下げていました。
「この通りだ。頼む」
「待ってくださいまし。戦争を仕掛けようとしているのでは――」
「ちょっと、マーガレットさん!」
ソフィアが、私の前に立ちました。彼女の背中しか見えませんが、松葉杖が私の目に映りました。そうですわ。ソフィアの怪我はまだ治っていませんのですわ。
「ソフィアは無理しないでくださいまし」
私が、再び前に出ました。視界の隅では、シルフィが配下たちを縄で縛って回っていました。
「グランヴェール王国に、そちらの国が戦争を仕掛けようとしていると聞いたのですけれど?」
「何のことだ? 我は知らぬ。父からも聞いておらぬぞ」
「あら……?」
首を傾げる私に対して、立ち上がったジョージ王子は、納得がいったという表情を浮かべていました。
「……愚弟のエドガーと聖域教団の仕業かもしれぬ」
「エドガー王子、でして?」
「先程、我を殺そうと画策していたあの者だ」
こちらの国も、第1だの第2だのとやってらっしゃるようですわね。
「何故、国を終わらせたいのでして?」
「この国が、聖域教団を中心に創られているのは知っているか?」
「いえ、初めて聞きました。ですけれど、言われてみれば本部もありますし、納得ですわね」
「今の教祖は酷いのだ。権力主義で強欲で……かつての聖域教団の精神は完全に失われた」
「貴方の街での振る舞いも、権力主義で強欲でしたけれど」
ジョージ王子は、悲しそうに笑いました。
「あれは我なりの抵抗のつもりだった。王子がろくでもない国ならば、民は逃げたくなってくれるのではないかと……」
そんな不器用な方法がありまして? 私は思わず疑いの目を向けました。それに気付いたのか、ジョージ王子は続けました。
「国民はほぼ全員、聖域教団だ。父ですら、その暴走を止められないのに、我ではより一層無理なのだ」
「ですけれど、貴方もかなりの腕をお持ちですわよね?」
私の寝技を受けたにもかかわらず、あんなに早く意識を取り戻せたのは、咄嗟に急所をずらした証拠ですわ。
「それなりに、であるがな。貴女とは比較にならぬ。貴女の連れの女性たちよりも劣る」
「戦わないのでして?」
力があるのに戦わないで、助けを求めている殿方など許せませんわ。
「かつては戦ったのだ……だが」
視線を落としたジョージ王子は、悔しそうに告げました。
「守れなかったのだ、最愛の者を」
彼は当時、国のためにと尽力していたと語りました。それを支えていたエイミーという婚約者がいたそうでした。
「……なるほど、それでどうなったのですか?」
気が付けば、紙と筆を持ち、シルフィが率先して話を聞き出す状況になっていました。
2人は本当に愛し合っていたようで、とても充実した日々を送っていたと、懐かしげに語る姿が印象的でした。
「ある日、エイミーの行方が分からなくなり、手紙が届いたのだ――」
詳細まで語りたいのは分かるのですけれど……いきなりやってきた割に、ずいぶん話が長いですわね。
「下手に腕に自信なんて持つものではなかった。我は証拠を持たず――」
このままだと、彼の悲劇を延々聞かされそうですわ。私は、早くお風呂に入って横になりたいのですけれど。
「分かりましたわ。要するに、貴方の婚約者が聖域教団に殺されるのを、守れなかったから戦うのを諦めたのですわよね?」
まとめられたことに驚いたのか、ジョージ王子は目をぱちぱちとさせ、動揺していました。
「あ、ああ、情けないがその通りだ」
ゲオルグなら……あの誘拐事件で、もし私が死んでいたら、戦うことを諦めるどころか、ますます戦っていましたわ、きっと。ふふ。
「貴方の気持ちは分かりました。ですけれど、私は今、お風呂に入りたいのですわ」
「へ?」
「ですから、詳しいお話は、日を改めていただいてもよろしくて? この宿からは逃げませんから」
「あ、ああ、分かった。なら、明日の昼前にでも再訪させてもらう」
「そうしてくださいまし。御機嫌よう、ジョージ王子」
捕縛した配下たちを解放し、彼らは去って行きました。
「成長しましたね~マーガレットさん。あたしはてっきり情に流されちゃうと思ってましたよ~」
その後、私の部屋に集まりました。ソフィアは、嬉しそうに私の頭をわしゃわしゃと撫でました。何だか、照れくさいですわね。
「やめてくださいまし、ソフィア」
「本当です、わたくしも感激しました。まさか、あのように鮮やかなまとめ方をなさるなんて」
シルフィも何故か瞳を潤ませていました。
「ところで、シルフィ。アレックスたちはどうしていまして?」
「あ、そうでした。殿下たちは、この宿から南西の王宮近くの宿に宿泊されています」
明日から対談が始まるため、準備に追われているそうでした。
「ですが、ジョージ王子の話が本当なら、殿下の交渉は空振りで終わります」
「ですね~国としては戦争の準備をしてない訳ですからね~」
「エドガー王子を捕まえて吐かせますか? わたくしならいつでも準備ができております」
2人の視線が私に集まりました。
「それが早いですわね」




