第30想 ついつい手が出る
スッとその殿方の懐に入り込み、剣を持つ手に手刀を走らせました。からんと響く金属音が終わらないうちに寝技を決め、意識を落としました。
「貴様ぁぁぁっ!」
違う殿方が剣を振り被っていました。私は、しゃがみ込み、足を伸ばしてぐるんと回し、その殿方の足元を払って転ばせ、倒れたところをすぐに寝技で気絶させました。
「……何者だ、貴様」
最後に残った殿方は、剣を抜きもせず、私をジロリと睨んでいました。
「私は、マーガレット――」
「ちょちょちょちょ、マーガレットさん! それ以上はダメですって」
すかさず、私の口を塞いだソフィアが告げました。確かにそうですわね。ここで、オリジンの名を出すのはやめた方が良さそうですわね。
「マーガレット? 名などどうでもいい。何者だと聞いている。格好からすると、踊り子か?」
「おどりこ?」
私は聞いたことのないその言葉で、一気に冷静になりました。
「ダンスを踊ることを生業にしている人のことです。あたしの服装選びのせいです……」
小声でソフィアが教えてくれました。なるほど、シルフィ風に言えば、悪くない設定ですわね。
「ええ、踊り子でしてよ。それが何か?」
その殿方は微笑んだ。そして、私に向かってお金を見せました。
「いくら欲しい? 我が貴様を好条件で雇ってやろう。踊り子などでは一生かかっても、稼げないほどにな」
あら。私の一番嫌いなお金で済ませる方でして?
「こんな街の小市民1人庇って、我を敵に回すほど愚かではなかろう? 我はジョージ・イルマノであるぞ?」
さらに、こういう権力を振りかざす方は嫌いなのでしてよ。同じ第1王子なら、アレックスを見習って欲しいものですわ。
「ダメですよ~? 相手は王子ですからね~?」
ソフィアの声はほとんど聞こえていませんでした。
「ぐぇ……」
パキという音と共に、ジョージ王子には気絶していただきました。立ち上がった私は、拍手喝采を浴びることになりました。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
先ほどの野菜かごの女性も、ペコペコと何度も何度も頭を下げていました。
「お礼など不要ですわ。私が頭に来たから、倒しただけでしてよ」
「……でも、どうしましょうか~この方たち?」
ソフィアが首を傾げていました。
「起きたら改心してくれていれば、良いのですけれど」
「そんな都合の良いこと、あるわけないじゃないですか~」
「……でしたら、やはりここは何事もなかったように、ただの踊り子としてこの場を去るのが一番ですわね」
「民衆に顔が割れちゃったので、すぐに違う服に着替えましょう」
「……ま、待て」
その声に振り返ると、ジョージ王子のものでした。まさか、完全に決まったはずですわ……
「放っておきましょう、マーガレットさん」
ソフィアの言葉に頷いた私は、その場を去ろうとしていました――
「無様ですねぇ、愚兄」
その声と同時に先ほど意識を奪った殿方たちの元に、チャキという金属音がしました。
「かはっ……」「ぐぇ……」
「ガイルとコズンをよくも……貴様らぁぁぁっ!」
私たちが去ってから始めてくだされば良いものを……私の視界の中で今、2人の殿方が亡くなりました。
残されたジョージ王子を取り囲む殿方は5人でした。必死に立ち上がった彼は、1人の殿方に顎を掴まれました。
「死んでくれ、兄さん。王位は、最も相応しい僕が継ぐ、やれ」
1人の殿方の剣がジョージ王子に迫っていました――
「ぐはっ!」
私は剣を振り上げた殿方の腕を締め上げ、武器を落とさせました。それから、そのまま地面へねじ伏せ、意識を奪いました。
「……踊り子、貴様何故?」
信じられないという声色で、ジョージ王子に尋ねられました。
「私の見えるところで、弱者をいたぶるのはやめてくださいまして?」
一団の首領らしき方へ投げかけました。
「鮮やかなお手並みですね、貴女、踊り子ではありませんね?」
落ち着いた様子で答えるその殿方は、手だけで配下たちに合図する。剣が抜かれる音が3つしました。
「さて、どうなのでして? そのような些事は、この際どうでもいいのですわ」
「行くぞっ!」
殿方が1人、剣を振り抜きました。それをすれすれで躱し、その手首に手刀を決め、足を引っかけ、転ばせました。
次の瞬間、別の殿方の突きが身を掠めました。くるくると体を回して腕を通り、殿方の体を持ち上げて、寝転ぶ殿方の上に投げました。
最後の殿方は、距離を測っているのか、足踏みしながら、一定の間を保っていました――
「……がっ!」「にしし」
突然、その殿方は、白目を剥いて倒れました。その後ろには、大きな石を振り下ろしたソフィアがにやりと笑っていました。
「……これで、貴方がたは1対1ですわね。対等に近くなりましたわ」
私は、ジョージ王子に目配せしました。彼はぱちぱちと困惑した様子で瞬きをしていました。
「お、驚きました。これほどの実力者が国内に居ようとは」
一方、一団の首領らしき方は、私に手を差し出していました。
「是非、お近付きの印に、王宮を案内させてください」
「結構でしてよ。私には関係ありませんもの。勝手にやってくださいまし、御機嫌よう」
ズボンの端を掴み、貴族風挨拶をしました。
「ちょちょちょちょ、それもダメですって!」
ソフィアに連れられ、慌ててその場を去りました。
「マーガレットさん、いいですか~? そんな作法はこの国にありませんからね~」
「そうなのでして?」
「グランヴェール王国貴族特有ですから、それに気付く方がいてもおかしくないですよ~」
「何か問題がありまして?」
「ありありです! たぶん、あの2人は王族同士で継承者争いをしているんですよ~」
「そのくらいは分かりましてよ?」
ソフィアはため息をついて、肩を上げ、首を横に振りました。
「マーガレットという名前、グランヴェール王国貴族の作法、異常な強さ……すぐ、マーガレット・オリジンとバレると思いませんか~?」
「……そうですわね」
「ひとまず、服を変えて宿に戻りましょう。シルフィも帰ってるかもしれませんし」
買い物を済ませ、私たちが宿に戻ると、たくさんの同じ格好をした方々がロビーを封鎖していました。
「たぶん、遅かったですね~どうしましょうか~?」
ソフィアは、考え込んでいました。
着替えた甲斐もあり、ホテルの主に気付かれることもなく、ロビーに置かれた待合ソファーに腰を掛けていました。
飾られている水槽の中を、優雅に魚が泳いでいました。
「王子、ありました! マーガレット・オリジンの名です!」
どなたかが叫んでいました。ソフィアの読み通り、辿り着かれてしまったようでした。さすが、暗部の方ですわね。
「美しく、可憐な女だ! だが、とてつもなく強い、捕らえる際は警戒せよ!」
「「「「「はっ!」」」」」
あの声は、ジョージ王子? だったかしら。




