第29話 異国の生クリーム
ようやくまともな宿に泊まれることに、私は浮かれていました。そして、ケビンに勧められた宿に着きました。
「やっとお風呂に入れますね~」
会計を済ませて、隣り合った部屋へ向かう途中、呑気にソフィアは伸びをしていました。
「……それにしても、ケビンさんは本当に味方でしょうか?」
シルフィが私に向かって首を傾げました。
「そんなことは、どちらでも良いのでして?」
「そうなんですか?」
「どちらにしても、聖域教団の本部があるイルマノに来なければなりませんでしたし、彼がいてもいなくて変わらない行動しか取っていませんもの」
「マーガレットさんらしいですよ~」
うんうんと頷いてみせたソフィアは、部屋の前で立ち止まりました。
「それじゃ、また後で~」
疲れた様子で、ドアの向こうに消えていきました。無理をさせていますから、少しは休ませてあげたいですわね。
「それでは、わたくしもここで」
「ええ、また後ほど」
シルフィも部屋に入り、私も自室に入りました。想像以上に綺麗に整えられた部屋がそこには広がっていました。
「それにしても……お腹が空きましたわね……」
温泉から着ていた服を脱ぎ捨て、裸でベッドに寝転びました。カーテンを少しだけめくって、外を眺めました。
3階ということもあり、街がよく見えました。平民街の市場のような場所がありました。あそこなら、空腹を満たせるかもしれません――
などと思っていましたが、あまり眠れていないこともあり、気が付けば眠ってしまっていました――
夢を見ました。私は言葉を発することもできず、動くこともできませんでした。
ぼやける視界に影が落ちました。その影は私に近付いてきていました。黒い髪に蒼い瞳の美しい女性が微笑んでいました。
心地よい視線に、私は手を伸ばそうと――
目覚めると、カーテンの隙間から日が差し込み、どうやら朝を迎えてしまったようでした。服を着ると、鼻をツンと刺激する臭いがしました。
「買わないといけませんわね……」
私は大浴場に行き、湯浴みをしました。ここは殿方とは別で安心しました。
「あ、マーガレットさん、奇遇ですね、御機嫌よう」
「あら、ソフィア、御機嫌よう」
当然のように私の横で、ソフィアは湯浴みを始めました。
「昨日、ごめんなさい。あたしってば、寝ちゃいました」
「あら、貴女もでしてよ? 怪我の調子はいかがでして?」
「お陰様で順調ですよ~」
「それは何よりですわね。ところで、服が臭くありませんでして?」
「あ~臭いますよね~買い替え時ですね~」
ちゃぷんと音を立て、お風呂に入りました。気持ちいいですわね。やはり、毎日入らないとおかしくなりそうですわ。
「……部屋の窓から、平民街の市場のような場所を見ましたわ」
「お風呂から出たら、行っちゃいますか?」
「行きましょう。正直、お腹も減ってますし……何か食べたいですわ」
ソフィアもお風呂に入りました。お互い、表情が緩みました。
「あ~そうでした。マーガレットさん、シルフィは、殿下たちがどうしてるか確認しに行ってますよ~」
「そうなのでして? シルフィは働き者ですわね」
「……あたし、気付いちゃったんですよ~」
にやりと笑うソフィアに、この顔は恋愛絡みだと、私は警戒しました。
「シルフィはたぶん、殿下が好きですよ~」
「えぇぇぇっ!」
てっきり私のことかと覚悟していただけに、まさかの話題に叫んでしまいました。
シルフィがアレックスのことを好き、でして……あら? 何故でしょう? 嫌ではありませんわ。むしろ、何故でしょう……
お似合いだと思ってしまいますわ。
「シルフィ、殿下にだけは必ず最新巻を届けてるんですよね~」
「な……だから、アレックスが『王女様、恋の空回り』の存在を知っていたのですわね……お陰で散々な目に遭いましたわ」
「散々な目?」
「おほん……何でもありませんわ。でも、お似合いなのではなくて? シルフィは長身ですし、賢いですから、王妃の器はありそうですけれど」
「良いんですか、殿下はずっとマーガレットさん一筋だったんですよ~?」
私はお風呂から上がりながら、ソフィアに告げました。
「最初から、私は断り続けているのでしてよ。良いお相手が見つかれば、それに越したことはありませんもの」
せっかく気持ち良くなったばかりでしたけれど、臭い服が台無しにしてくれました。
それから、ソフィアが出てくるのを待って、私たちは買い物に出かけました。
街へ出ると、これまでさほど意識していませんでしたが、グランヴェールとは全く違う服装の平民の姿が目に付きました。
「首都だけあって、人が多いですね~」
目元以外は隠している女性や、包帯のような帽子を被る褐色の殿方とすれ違いました。まるで、異世界へ来てしまったかのような光景でした。
「まあ、見てくださいまし、ソフィア! 生クリームでしてよ!」
「本当ですね~あれは間違いなくあたしたちの知ってる味じゃないですか~?」
「かかか、買ってみましょう!」
1つずつ、生クリームたっぷりのドーナツを買いました。一口頬張ると――
「はむ……こ、これは」
まるで鳥になって、大空を舞っているようでした。いえ、馬になって湖の畔を疾走しているかもしれません。
「生クリームですね~おいしいですし」
「も、もう1つ、いえ、2つ買って来ますわ」
私は、ドーナツで満腹にしました。これで、しばらくはお腹を減らして悩むこともありません。
「はぁ……これで、一安心ですわね」
やっと気持ちも落ち着き、ゆっくりと辺りを見渡すことができました。すると、噴水の近くで女性が殿方3人組と揉めているのが見えました。
立ち上がる私の袖をソフィアが引っ張ります。
「騒ぎはダメですよ~ただでさえ、敵国に潜入中なんですからね~?」
「わ、分かってますわよ。近くで様子を見たいだけでしてよ」
「はぁ、分かってませんね~……シルフィもいませんし、あたしも武器持ってないですよ? 無茶はしないでくださいね~」
私たちは、内容が聞こえるところまで近付きました。
「この方は、第1王子、ジョージ・イルマノ様だぞ! ぶつかるとは無礼な」
「す、すみません……ですが、わたしは避けました――」
「黙れ!」
殿方の1人が曲がった剣を腰から抜きました。ずいぶん物騒ですわね――
「そこの殿方?」
「ちょっとマーガレットさん!」
私はソフィアの小声を無視して続けます。
「野菜の入ったかごを頭に乗せる女性に、ずいぶん乱暴なのではなくて?」
「何だ、貴様は? 邪魔するなら貴様から――」




