第26想 論破される王子
翌朝になりました。昨夜は3人ではしゃぎ過ぎてしまい、遅い就寝となり、少し眠気が残っていました。
部屋から出た私はソフィアと会いました。
「ふぁ~あ、おはようございます、マーガレットさん」
「あら、ソフィア、ずいぶん眠そうですわね?」
「枕の臭いが気になったら……眠れなかったんですよ~」
「それはお気の毒ですわね」
「マーガレット様、ソフィア様、おはようございます」
次はシルフィがエントランスで待っていました。彼女は目が爛々としてきました。
「昨夜は筆が乗ってしまって、徹夜してしまいました」
「あら、大丈夫でして?」
私が尋ねると、シルフィは笑顔で「大丈夫です」と答えました。外に出ると、そこには、アレックスとゲオルグがおりました。
「よう、ご令嬢諸君」
「「「御機嫌よう」」」
私はちらりとゲオルグに視線を向けました。彼もこちらを見ていました。
――ばしゃん。水の跳ねる音と共に、昨夜のことが思い出されて、胸がドキドキしてしまいました。
「お、おはよう、ございます、ゲオルグ」
「あ、ああ、おはよう」
そんな私たちをよそに、馬車に向かって一団は歩き始めました。何故かソフィアとシルフィは、アレックスと話し込んでいました。
そのおかげで、私とゲオルグが2人きりに。
「ゲ、ゲオルグは良く眠れまして?」
「ん? あ、ああ。特に問題はない」
「そうですの……」
せっかくの機会ですのに、会話が続きませんわ。どうしまして……などと、悩んでいる内に馬車に着いてしまいました。
「おおっ! 我が女神っ! 待っておりましたっ! 次の目的地への準備は万端でございます」
にかと笑うケビンに、皆様冷ややかな目をしていました。
そして、私たちは馬車に乗り込み、次の地へ向かいます。
「ケビン、あとどのくらいで首都へは着きまして?」
アレックスの不機嫌な空気が馬車に充満していました。いつこの苦行が終わるのかが気になり出した私は、ケビンに尋ねました。
「今日を入れて、あと2日、といったところでしょうか」
「そうなのですわね。今日の目的地はどこなのでして?」
「ガリラダという農村でございます」
「っ!? 農村だとっ!? 馬鹿抜かせっ! 野宿しろっていうのかっ!」
アレックスは激昂していました。それはそうですわね。私も宿はあると思っていましたから。
「……」
ケビンは、徹底して私以外とは話さない様子でした。沈黙を続けていました。
「ケビンッ! 貴様、不敬にも程があるぞっ!」
続いて怒鳴り声が聞こえて来たのは、ゲオルグでした。真面目な彼は、王家への絶対忠誠を誓っていますから、当然の反応ですわね。
「……ふふ、ふははは、あーっはっはっはっ!」
無反応のままかと思っていたケビンが、大声で笑い出しました。
「な、何がおかしいっ!」
その豹変に、動揺を隠せないゲオルグがいました。口下手ですから、こういう時はおどおどして可愛いのですわ。
「不敬とは、笑わせてくれますね。何故、僕が王家を敬わなければならないのですか?」
ケビンの質問に、「な、何故って……」と口ごもるゲオルグは、私たちに子犬のように助けを求める目を向けます。まあ、可愛いですわね。
「貴方たち、上級階級の方々には分からないことでしょう。王家から課せられた税を払うために生き、救われることなく死ぬ平民の運命を」
「……どういうことだ」
ケビンの話に食いついたのは、まさかのアレックスでした。不貞腐れて、口を利かないまま、目的地に到着すると思っていました。
「なら聞きますが、王子……貴方たち王家は、市井の民に施してくださいましたか?」
「……」
「税として搾取しておきながら、何も還元していない。だから、神に縋るのです! 神はそんな雑草が如き民草にすら、等しく救いを与えるのですから」
「還元はしている! 街の安全や建設工事などは我が王家の持ち出しだ!」
「安全? 殺人に窃盗、スリに空き巣、強姦……街は犯罪で溢れていますが、ご存じないのですか?」
「それは……」
「建設工事? 笑わせてくれますね。貴族の中抜きが横行しており、現場で働く民など雀の涙程度の稼ぎなのは、ご存じでらっしゃいわけですか?」
「……」
「だから、神が必要なのです! 救いを求めるのです! 生まれによって決められてしまった運命に抗うために!」
退屈な話ですわね……ゲオルグは暗い顔をして俯いてしまいました。確かに、警備隊の不始末とも言える言葉ですもの、無視はできませんわね。
「ですが、我が女神だけは違うのです! 王家のくだらない派閥争いに巻き込まれた我が同胞を、本来殺されてもおかしくなかった我が同胞を、1人も殺さなかったのです! 神にも等しい所業!」
突然、熱い視線を送られました。ですけれど、今の言葉で、少しだけ女神と呼ばれていたことに納得が行きました。もっと早く言ってくだされば良かったのですけれど。
「僕は神、我が女神だけを敬っています。王家など興味はありません」
ケビンの熱弁が終わると、また沈黙を始めました。
今の話は、存外悪い話ではなかったように思いました。このような場でなければ、交わされなかった平民の意見ですもの。
この対話を、王子としてのアレックスがどう活かすのでして? とても興味深いものですわ。
「マーガレットさん」
ソフィアが私の耳元で囁きました。
「何でして?」
「昨日買ったベリー入りのカップケーキありますけど、食べます~?」
「ええ、もちろん」
殿方たちの小難しい話を気にしてない私たちは、カップケーキを頬張りました。
薄暗くなった頃、馬車はガザステップに入りました。肩を落としたアレックスとゲオルグは、終始、口を開きませんでした。
私はケビンの案内で、馬屋の一角を借りることになりました。この時から、アレックスたちは別行動になりました。
「我が女神! 僕はまた支部で休みますので、失礼します」
私とソフィア、シルフィの3人だけになりました。
「の、野宿って、したことありますか、ソフィア様?」
興奮した様子のシルフィが、ソフィアに尋ねていました。
「ありますよ~あたし、シルフィほど出来が良くないですからね~あはは」
恥ずかしそうに頭を掻くソフィアでしたが、よく考えたら怪我をしているのを失念してました。
「ソフィア、傷に障りませんの?」
「あ~心配いりませんよ~たくさん藁を敷き詰めますから」
「手伝いますわ」「わたくしも」
あちこちに散らばる藁を拾っては集めていました。何だか、幼い頃の土遊びのようでした。
「それにしても、ケビンさんは意外と敬虔な信者だったんですね。わたくし、見直しました」
「ですね~あたしたち貴族には、本来分からない話ですけど、暗部は別ですからね~」
時々、2人に疎外感を覚えました。理由は分かっていました。
「そういえば、暗部とは実際、どんなことをしているのでして?」




