第24想 一枚の銀貨
シルフィの問いが聞こえていないかのように振る舞うケビンに、私は呆れました。お父様もとんでもない方を引き合わせてくれたものですわ。
「……ケビン、次の目的はどこでして?」
「はっ! 関所町トビキステップ、でございます」
私の問いには何事もなかったように、当然という顔で答えていました。お陰で皆様、不機嫌そうにしていました。
真ん中に押し込まれたゲオルグは、腕を組み、目を閉じて下を向いてしまいました。
アレックスは頬を膨らませ、不機嫌そうに窓の外を見ていました。
その様子をにやにやと見つめるソフィアと私は目が合いました。
「楽しいですね」
囁くように告げる彼女に、私は答えました。
「……どこがでして?」
ソフィアは、とびきりの笑顔を見せました。
「だって、初めての一緒の旅行ですよ~」
「まったく、貴女という方は……」
◇◇◇
関所はすんなりと抜け、国境を越えるとトビキステップの街に入りました。馬を休ませるためもあり、馬車を降りました。
「これが違う国、ですのね」
グランヴェールとは全く違う建造物に、目を奪われておりました。立ち並ぶ露天は、どこか通じるものがありました。
「あー疲れたな、宿はどこだ?」
アレックスが不機嫌な声で大きく伸びをしていました。
「殿下、私が探して参ります。しばし、お待ちを」
ゲオルグがすぐに動きました。そういえば、彼が警備隊長になってから、アレックスと2人でいる姿は見たことがありませんでしたわね。
「ち……真面目過ぎんだよ、ゲオルグの奴」
小声でつぶやくその声を、私は聞き逃しませんでした。きっとゲオルグと、昔のようにはしゃぎたいのですわね。まったく子供なのですから――
ドン! 私の体に誰かがぶつかりました。
「おっとごめんよ、姉ちゃんっ!」
その声の主はすでに走り去るところでした。帽子を被った少年のようでした――
「っ!? マーガレット様っ!? ずっと掛けておられた、肩下げバッグがありませんがっ!?」
「えっ!?」
私は慌てて、体中を触って確認しました。ない。ありませんわ。何故でしてっ!?
「さっきの子供が持ってますよ!」
ソフィアの指の先を走る少年が、確かに私のバッグを抱えていました。
「っ!? ヒールが……」
走り出そうとしましたが、ヒールが邪魔でした。靴を脱いででも追うべきでして? ソフィアは骨折中ですし、シルフィもヒールですもの。アレックスは少し離れていますし……
「おお、女神よ! 僕にお任せください!」
状況を瞬時に察したケビンは、物凄い速さで走って行きました。走り方も独特で、まるでブリキ人形のようでした。
「さあ、受け取ってください。貴女様のカバンでございます」
「ありがとう、ケビン」
「この少年はどうされますか、殺しますか? それとも、騎士団に引き渡しますか?」
ケビンに捕まり、怯えた様子の少年は顔をふるふると横に振っていました。骨だけのように痩せたその体に、訳がありそうだと感じました。
「……女神? 何をなさっておられるので?」
私はバッグから、1枚の銀貨を取り出しました。
「今回のことは免除しますわ。これで少し、栄養のある物でも食べてくださいまし――」
「待て、マーガレット!」
いつの間にか近くにいたアレックスが割り込みました。そして、銀貨を私から取り上げました。
「お前、この街だけでどれだけの物乞いがいると思ってる? 下手な前例を作ればカモにされるだけだぞ?」
「ですけれど、こんなに痩せてしまっては盗みもしたくなるのも当然ですわ」
「それは、この国の連中が救うべき話だ。お前が手出しすべきじゃない。おい、ガキ。今回は見逃してやるから、とっとと消えろ」
その剣幕に、逃げるように少年は去っていきました。残ったのは、私の銀貨を握ったままのアレックスでした。
「返してください」
銀貨を奪い返すと、アレックスはふんとあっちの方へ行きました。
「今のは殿下に1票ですね~」「わたくしも殿下を支持します」
「な、何でして、お2人とも?」
「マーガレットさんの世間知らずが大爆発って感じですよ~」
どこがいけなかったというのでして? 腑に落ちませんわ。頬を膨らませて不貞腐れていると、アレックスの元に、ゲオルグが戻って来ました。
宿に向かって歩き始めます。
「シルフィ、どうですか~? もう小説のネタはだいぶ溜まったのではありませんか~?」
「はい、ソフィア様……次回作のマーガレット様も素晴らしい仕上がりになるかと」
「……待ってください、シルフィ!? 次回作の私って、何故、私前提でして!?」
「売れるんです!」
「……そ、それより、私はソフィアが主人公の物語も読んでみたいですわね~」
「……書いてみたいんですけど、たぶん売れないんです」
「何故でして?」
「ふっふ~ん、あたしは暗部ですからね~平民の皆様には無名なんですよ~」
「……ズルいですわね」
「マーガレットさんほどじゃないですよ~」
「着いたみたいですよ、マーガレット様、ソフィア様」
石造りの建物は扉が付いておりません。中に進むと奥から店主らしき者が現れました。
「5部屋、空いているそうです」
「1部屋は相部屋か……なら、俺とゲオルグで一緒の部屋でいいな」
「そんな、滅相もありません。殿下が部屋をお使いください。私は廊下で寝ますので――」
「あたしとマーガレットさんが一緒の部屋で大丈夫ですよ~?」
「ソフィア様は怪我をなさってます。わたくしとマーガレット様が同室でお願いします」
「ちょっと、シルフィ~?」
「ここはいくらソフィア様でも譲れません」
頭が痛くなってきました。何を皆様、揉めているのでして? 早く横になりたいですわ。
「……僕は聖域教団の支部で休みますゆえ。また明日、お迎えにあがります、我が女神」
ケビンがそう告げてあっさり居なくなると、急に部屋数が足りました。すると、突然、アレックスは怒り出しました。
「マーガレット! 何なんだ、あの不気味な奴は!」
「ケビン・プルプレド、オリジン支部大司教ですわ」
「そんなことは聞いた! 我が女神だの、お前以外は無視を決め込むだの、そういうところだよ!」
「私が聞きたいですわ」
「聖域教団の人間だから、敵でも味方でも使えるだろうと思ったが、異常さと不気味さが高過ぎるだろ!」
「殿下、マーガレットを責めるのは気の毒です。そのくらいにしてください。どうぞ、鍵です」
ゲオルグに鍵を渡されたアレックスは、不機嫌そうに部屋へ入りました。
昔のように、さりげなく間に入って、さらりと私とアレックスの口論を止めるゲオルグは、さすがですわ。
幼い頃から、これにどれだけ救われたことでして?
「ありがとうございます、ゲオルグ」
「何、気にするな。事実を言ったまでだ。それに殿下も長旅で疲れているんだ、分かってやってくれ」
いつだって、こうやって誰にでも気を遣えるのがゲオルグですわ。




