第23想 宝箱のような場所
首を傾げた私に、ケビンさんはにやりと微笑みました。その瞬間、隣のお父様が「おほん!」と咳払いしました。
それに合わせて、ケビンさんは一瞬視線を巡らせ、言葉を選びました。
「……貴女様の力なら、次期女王にも届くからです」
「どちらにしても、私ではなく女王様か、軍事を担うマクイーズ家に申し出るのが良いのではありませんの?」
「表立って動くのは、連中の思う壺なのでございます」
「そうなのでして――」
退屈極まりない時間ですわね……そういえば、アレックスは『王女様、恋の空回り』を知っていましたわね。どんな気持ちで読んだのでして……
「そうなのです! ですから、どちらにも内々に働きかけることのできる名門、オリジン家……貴女様の力になるべく、参じた次第です」
「……」
お父様と目が合いました。ちゃんと話を聞けと言わんばかりの顔をしていました。
「敵は、聖域教団の本部にして敬虔な忠誠を誓う国、東のザイムハット共和国!」
戦争になったら、ゲオルグはどうなってしまいまして……?
あら……?
もしかして、警備隊も戦うのでして!?
私は思わず身を乗り出しました。
「お、お父様っ!」
「何だ?」
「その戦争になったら……警備隊はどうなるのですか?」
「再編成されて、遠征隊と防衛隊に分かれて対応にあたることになるだろうな」
「遠征!? 攻め込むのでして!?」
そ、そんな……
「そりゃな、守ってばかりじゃ終わらんかもしれんからな」
ゲオルグのことですわ。我先にと遠征隊に名乗り出ることでますわ。それこそ、今度こそ二度と会えなくなってしまうかもしれません。
「ケビンさんっ!」
「はい」
「私には、何ができるのでして?」
私の問いに、ケビンさんは嬉しそうに口角を上げました。
「貴女様が望むなら、『何でも』でございます。それから!」
ケビンさんはさらに口角をこれでもかと不気味に上げました。
「ケビンとお呼びください」
◇◇◇
それから、何日か経ちましたわ。何度も訪れるケビンには正直、ウンザリしていました。一番酷かったのは――
「祈りに来ただけです」
わざわざ呼び出さずに、その辺で祈ってくださればいいものを……
ですけれど、我慢の甲斐もあり、戦争を止める方法が分かりました。
「――というわけなのでしてよ」
私はソフィアのお見舞いに来ていました。松葉杖を付いて歩けるほどに回復していて、一安心しました。
「そのケビンって方、本当に大丈夫ですか?」
「どうなのでして? 私もよく分からないのですわ」
「それで――」
ソフィアが私をじとっと見上げました。
「戦争を止めるために、マーガレットさんが単身で乗り込むんですね~」
「っ!? 私、それを貴女に言いましてっ!?」
いえ、そんなはずはないですわ。今までの会話で一度もそれは口にしていないはずでしてよ。
動揺する私をよそに、ソフィアはくすくす笑っています。
「言ってませんよ~マーガレットさんは本当に嘘が付けない方ですね~」
「だ、誰にも言わないでくださいまし」
「シルフィだけには言いますね~」
「よりにもよって、何でシルフィだけなのでして? あの方の小説のおかげで私がどれだけ辱めを受けていると思ってまして?」
「だって、あたしは本調子じゃないですからね~だから、シルフィがいれば安心できるんですよ~」
「何をおっしゃっているのでして?」
「あたしも付いて行くに決まってるじゃないですか~」
「……え」
「ギュネイ大司教の時、怪我で同行できませんでしたからね~シルフィだけズルいと思ってたんですよ~」
「何を言ってまして? 遊びに行くのではありませんわよ」
「分かってますよ~これでも一応、暗部の1番隊隊長ですよ~? 日頃の訓練に比べればこのくらいの怪我、大したことないんですよ~」
「ですけれど……」
否定し切れない弱い自分がいました。ケビンとの2人旅は正直、気持ち悪く思っていたところでした。
「誘拐事件の時だって、足取りを掴んだのはあたしたち暗部でも、実際突入できる力があったのは、ゲオルグ公爵で悔しかったんですよ~」
そう語ったソフィアの紅い瞳は、優しく私を包み込むようでした。
「……感謝いたしますわ。正直、1人で不安だったのですわ。お言葉に甘えましてよ」
「任せてくださいよ~出発はいつですか?」
「明日ですわ。東門の向こうでケビンが待っている手はずになっていましてよ」
「分かりました。朝一番でマーガレットさんのおうちに行きますね~」
◇◇◇
そして、翌朝を迎えました。私はお父様とお母様と朝食を取っていました。
「そうか、ソフィアちゃんも同行してくれるのか、心強いな」
「ええ、お父様。それからシルフィも同行し――」
その名を聞いたお母様は、嬉しそうに微笑みました。
「それなら、なおのこと安心だわ。マーガレットが何をしでかしたのか、後で本にして全部教えてもらえるもの」
「……お母様」
「マーガレット。パパはお前を、戦女神オリジンを継承したマーガレット・オリジンを信じてるぞ」
「任せてくださいまし、負けませんから」
朝食を終えて部屋に戻ると、ノーマンが口を開きました。
「お嬢様……ご不便をおかけするでしょうが、此度の遠征ではご迷惑になるやもしれませんので、同行いたしませぬ」
「ええ、そうしてもらおうと思ってましてよ」
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」
支度を終えて、外に出るとそこにはソフィアとシルフィの姿がありました。
「マーガレットさん、御機嫌よう」「御機嫌よう、マーガレット様」
「御機嫌よう、ソフィア、シルフィ」
馬車に乗り込んだ私たちは、首都グランヴェールを抜ける関所で止まりました。そこにいたのは――
「ザイムハット共和国に行くんだってな。俺もちょうど交渉に向かうところだったんだ。乗せて行ってくれ」
当たり前のように、淑女の乗る馬車の扉を勝手に開けて、声を掛けてくる殿方――
「……何故、アレックスがここに?」
その後ろでやれやれといった具合で頭を抱えるゲオルグの姿がありました。
「ゲオルグまで? どういうことでして?」
「俺の護衛だよ。警備隊長にして国で最強の剣士なんだから適任だろ?」
乗り込んだ2人の様子は正反対です。嬉しそうに浮かれた子供のようなアレックスと、照れているのかずっと窓の外を眺めているゲオルグが前で並んでいます。
横ではにやにやと私を見つめるソフィアと、興奮気味で筆を走らせているシルフィがいます。
何でして……何故だか、とても素敵な時間に思えました——
「おお! 我が女神よ! 共に敵を討とうではありませんか!」
それを盛大にぶち壊してくださったのは、ケビンでした。関所の向こうで合流しました。
私以外はいないかのように振る舞い、挨拶すら交わしもせずに、ぐいぐいと馬車に入り込みました。
それもあって、彼が馬車に乗り込んでからというのも、まるで日傘なしで夏の日差しを浴びるようにひりついた空気になっていました。
「ケビンさん、最初の目的地はどこですか?」
口火を切ったのは、シルフィでした。




