第22想 新しい火種
今までで、一番力強いアレックスの告白に、私は何を答えるべきかを見失いました。
「え、あ、の、え……」
恥ずかしくて、口も回らず、俯くしかできませんでした。足音が近付いて来ました。優雅に、ですが踏みしめるように、私の前に立ちました。
「マーガレット……」
私にその声は聞こえていませんでした。私の頭の中では、これまでのアレックスとのやり取りが思い返されていました。
ぐいと腰に手を回され、抱き寄せられました。そして、顎を掴まれ、無理やり上を向かされました。
そこには青い、まるで晴れ渡る空のような瞳が潤んでいるようでした――
「っん!?」
鼻と鼻が当たりました。近すぎて瞳も分かりません。唇に温もりを感じます。少しだけ湿ったその口づけは、数秒でした。
ですけれど、私には永遠にも思える、長い緊張でした。ふっと、体が涼しくなると、アレックスが顔を真っ赤にして立っていました。
「こ、これがズルいのは分かってる」
……ふふ、ズルくなどありません。王子なのですから、権力で私など奪えば良い話ですわ。それをしないのは、アレックスが正直だからでしてよ。
「言っておくがな、先にズルしたのは、マーガレット! お前だからな!」
「……は?」
身に覚えがありません。ズルとは何のことでしょうか。思考を巡らせていました――
「寝てるゲオルグにキスしたんだろ! これでおあいこだ!」
「なっ!?」
今度は、私の顔が真っ赤になるのが分かります。見られていないはず、ですわよね? え? 見られていたのでして?
「な、何のことでして?」
「とぼけるな! 俺はあの後、お前が無茶しないか、心配で付けてたんだ!」
「えと、あの、つ、付けるなど、卑怯者のすることでしてよ!」
「お前が俺に気付かないのが悪いんだろ! それに!」
アレックスは、護衛から本を受け取りました。あれはまさか――
「シルフィの小説のおかげで、国中が知ってる事実だろ!」
「……」
私は頭が真っ白になり、今にも倒れそうでした。シルフィ、何ということをしてくださいまして……
ひりついた沈黙と睨み合いが続きました。
「……認めないからな」
「……何がでして?」
「お前からゲオルグに告白するのは認めない」
「そんなの、私の自由ですわよ!」
「うるさい! その場合は、俺は権力を使ってゲオルグを辺境に飛ばしてやる!」
「な!? 馬鹿なことを言わないでくださいまし、親友ですわよね?」
「ああ、だから、俺にそんなことさせるなよ、マーガレット」
流石といったところですわね。伊達に王子として、交渉の場に立ち続けないということですわ。上手にカードを切られた気分でしてよ。
「いいか、ゲオルグがお前に告白する以外、認めない」
「……もし、された場合は?」
「お前を諦めて、心から盛大に祝うと約束する」
そういうと、私の言葉を待たずに、アレックスは去っていきました。
もう誰もいない、先ほどまでアレックスがいた場所をぼんやりと見つめていました。
自然と手が唇に向かいました。生々しい口づけの余韻が広がりました。いけませんわ。私には、ゲオルグがいるのでしてよ?
「……お嬢様も、ご苦労が絶えませんな」
「っ!? ノーマンッ!?」
そうでした。あまりに緊迫していたため、すっかり失念していましたが、ノーマンが同席していたのでした。
「キキキ、キスを、されてしまいましたわよね?」
私の勘違いであって欲しい願いも込めて、ノーマンに確認しました。彼はにこりと笑うと大きく頷きました。
「はぁぁぁっ……」
私はテーブルに突っ伏しました。そして、ふと昔、ソフィアに言われた一言を思い出しました――
『マーガレットさんは押されることがないから、押しに弱いですからね~』
まさにそれですわよぉぉぉっ!
◇◇◇
アレックスのことで、悶々とする中、翌日を迎えると、お父様からサロンに呼び出しがありました。
「っ!?」
サロンを覗いた瞬間、『極上の寝技』を使おうかと思いました。ですけれど、よく見ればお顔はまるで違う方でした。
「おお、マーガレット、来たか」
「……お父様、どういうことでして?」
私は来客に挨拶するではなく、お父様を問い詰めました。だって、向かい合っているのは聖域教団の衣をまとっているのですから。
「ああ、娘が失礼を、ケビン殿」
「いえ、お気になさらず。こちらが我が女神、マーガレット様であらせられますね」
紅い肩ほどの髪に黒い瞳をした殿方はそう言って、私を熱く見つめていました。アレックスにも劣らない美貌を、お持ちの少し年上の方のようでした。
「ほら、マーガレット、挨拶を」
「初めまして、マーガレット・オリジンですわ」
私の挨拶に、見たことのない敬礼のような所作を見せる殿方が挨拶を返してくれました。
「こちらこそ、初めまして、我が女神。僕はケビン・プルプレドと申します」
聖域教団の方とは思えない、爽やかな笑顔見せるケビンさんでしたが、私は気になることがありました。
「失礼ですけれど、その……我が女神、というのは何なのでして? あまり気持ちの良いものではないのですけれど」
「ああ、大変申し訳ありません。嬉しさのあまりについ口に出てしまいました。僕が勝手につかっている呼称ですので、気になさらないでください」
それはそれで気持ち悪いのですけれど。などと思っている私に、椅子に座るようお父様が促しました。仕方なく座りました。
「ケビンくんは、この年で聖域教団オリジン支部の大司教をしているんだ」
「そうなのでして? 大司教は年配の方が就かれるのかと思ってましたわ」
「それで、フィヨングル領の騒動でのお前の活躍を知り、心を打たれたそうで、支援を申し出てくれている」
「支援? 何のでして? 困ってませんけれど?」
お父様はケビンさんを見つめ、頷きました。
「間もなく、グランヴェール王国は戦争を仕掛けられるのです。その前に手を打つための支援でございます」
「戦争? 私は軍事権など持っていませんし、何も役に立ちませんわよ?」
ケビンさんは鼻で笑っていました。
「御冗談を。貴女様以上の強さを持つ人間がこの国におりますか? 国民からの人気も高いようですし、英雄伝を語られた本もあるのだとか」
本はあるが、英雄伝ではないと返って宣伝になってしまいそうな言葉が口から出かかりました。
ですけれど、読まれてはたまったものではありませんので、飲み込みました。
「裏で糸を引いているのは……聖域教団のギュネイ大司教も関係が深かった女王禁忌派なのです。それで狙われているのがシレーヌ・オ・グランヴェール女王と――」
ケビンさんは、私を指さす。何故、私でして?




