第21想 最後の茶番
あれから数日後……久しぶりの家族団らんでした。にこにこするお父様とつんとしながらも微笑んでいるお母様がテーブルを囲んでいました。
「いやぁ、やっぱこうして、2人の顔を見ながらの食事が一番美味いな」
そうですわね。私もこの時間が何よりも好きかもしれませんわ。
「そういえば、アレックスは動き回れるまでに回復したらしいぞ」
「そうなのでして。それは本当に良かったですわ」
「それと、シルフィ嬢の書いた『王女様、恋の空回り』が、巷で大流行していると聞いた」
「……わたくしも読んだわ」
「えっ!? お母様、読まれたのでして?」
「面白い話ね……まるで貴女のことを読んでいるよう」
待ってください……お母様が読むことは想定してません。だって、あれには――
「……それで貴女、キス、したのね」
「……」
暑いですわ。耳まで暑いですわね。汗が吹き出ました。
「そ、それは小説ですわ、お母様」
「あら、わたくしの教えた『殿方ですらダメにする寝技』を偶然小説の人物が持ち合わせた。貴女はそう言いたいのね?」
「モ、モデルは私ですけれど……」
「それで?」
「……しました」
私の答えに満足そうにお母様は頷きました。ですけれど、今度はお父様が興奮してしまいました。
「何だとぉぉぉっ! 誰だっ! 相手は誰だっ! 私の可愛いマーガレットを奪おうという輩はっ!」
「だだ、誰でもいいではありませんかっ!」
「カイラル、これに書いてあるわよ」
お母様は『王女様、恋の空回り』の本をお父様に渡していました。もう……何でこんな辱めを受けているのでして?
「ああ、そうだった。伝え忘れるところだった――」
お父様が告げたのは、女王様からの呼び出しでした。
「貴女に褒美をくれるそうよ、良かったわね、マーガレット」
お母様はいつになく嬉しそうに告げました。褒美を貰うようなことがありまして?
◇◇◇
王座の間に入ると、緊張した面持ちの警備隊員の方々が整列されていました。その先頭には、ゲオルグの姿もありました。目礼を交わしました。
すっかり回復したようですわね、良かったですわ。
「女王様がお越しです」
会場にいる全ての方が跪きました。そして、現れた足まである黒髪に、美しく整ったお顔に目が行きました。
毎年、一緒に踊っていますが、こうして謁見するのは初めてでした。
「マーガレット・オリジン」
「はい!」
私は女王の前に歩み出て、跪きました。女王様はとても優しい目をしていました。不思議ですが、とても安らかな気持ちになりました。
「今回の働き、我がグランヴェール国を守ったにも等しいでしょう」
「ありがとうございます」
「褒美を授けます。何でも欲しいものを告げなさい。どんなものでも与えましょう」
「……」
欲しいもの? 何でしょうか?
「どうしました?」
「女王様……お気持ちは嬉しいのですけれど、あいにく欲しいものがありませんわ……」
王座の間が、どよめきます。「女王の褒美を断っているぞ、不敬な」や「気高いお方ですわね」など、様々な声がひそひそと聞こえます。
女王様が少し寂しそうな顔をされておりました。確かに、断るのも失礼な話ですわね――そうですわ!
「女王様っ! 私がこの度、活躍できたのはノーマンが助けてくれたからですわ。褒美を与えるならノーマンに与えていただけまして?」
私の言葉に女王様はとても嬉しそうに微笑みました。
「分かりました。では、褒美はノーマン・ソバージュに与えることとします」
「お聞き入れいただき、ありがとうございます」
「優しい子に育ちましたね、マーガレット」
何か女王様が言っていましたが、他の方のざわめきで聞き取れませんでした。
「それでは、女王シレーヌ・オ・グランヴェールの名において、マーガレット・オリジンに祝福があらんことを」
◇◇◇
翌日、私はソフィアの見舞いに行きました。
「マーガレットさん、聞きましたよ~女王様からの褒美を、ノーマンさんに譲ったそうですね」
「ああ、その件でして……私は今、欲しいものはありませんでしたし、ノーマンにはいつも助けられてますから」
「使用人に褒美を譲る聖女様、なんて呼ばれてるらしいですよ~」
「……野獣と呼ばれたり、聖女と呼ばれたり、私は何が何だか分かりませんわ」
「ですよね~でも、その名付け……実はシルフィの仕業だと言ったら怒ります~?」
「ふふ、あの方ならやりそうですわね」
そんな他愛のない話をいくつかして、見舞いを終えて帰宅しました。その後、それほど経たないうちに来客がやって来ました。
「殿下、御機嫌よう」
サロンですでに、紅茶を飲むアレックスの背中は何となく沈んでいました。私は対面に座りました。
まだ、目も合わせず、口も開かないアレックスに違和感を覚えました。
「……すまん」
突然、謝られました。私は意味が分かりませんでした。
「何のことでして?」
「俺はお前を巻き込まない、守ると約束した」
「ああ、そのことでして? 気になさらないでください」
アレックスらしいですわね。昔から自分の言葉を曲げませんでしたから。
「気にする! 俺はまだお前を助けられてない!」
「いえ、殿下にはいつも気にかけていただ――」
「違うんだよ! 俺は……お前の幼馴染のアレックスなんだ!」
語気を強めて、少し怒っているようでした。
「俺はまだ……ゲオルグのように、お前を助けていない」
「それはアレックスは王子で、ゲオルグは警備隊長ですもの。同じことは出来なくて当然ですわ」
「……結婚してくれ」
その言葉に、思わずため息が出ました。もうこの問答も終わりにした方が良いかもしれません。
「これで最後でしてよ」
◇◇◇
肩で呼吸をしながら、アレックスは大の字でサロンに寝転んでいました。もちろん、私の完勝です。
「……アレックス。ずっと言わなければと思っていて、言えずにいたことがあるのですわ」
「……」
「私には好きな人がいまして」
ついにアレックスにこのことを伝えてしまいました。その罪悪感のせいか、まるで時間が止まったように思えました。
「……ごめんなさい。言うのが遅かったですよね」
「……馬鹿か」
上体をさっと起こしたアレックスは、髪を整えながら、私を力強く見つめました。
「ゲオルグだろ? そんなこと知ってる」
「えぇぇぇっ!?」
まさかの答えに、私は頭が真っ白になってしまいました。だって、ソフィアもシルフィもアレックスだけは気付いてないと――
「分かってても、お前が好きなんだよ!」




