第20想 百対一
敵陣の松明の火が見えて来ました。すでにシルフィは、距離を取って隠れていました。私は1人、近付きました。
「しっかし、見張り暇だなぁ」
「奇襲作戦なんだから、当たり前だろ」
見張りは2人でした。ご挨拶しておきますわね。
「御機嫌よう」
「お!?」「姉ちゃんの声?」
私を見つけた見張りの殿方たちは、私の姿を見ると、鼻で笑いました。
「なんだ、派手好きの小便くせぇガキかよ、シッシッ」
「白けるなぁ、久しぶりの女の声が、こんな乳なしなんて――ぎゃぁぁぁっ!」
1人の殿方の太腿に細剣が刺さりました。血が吹き出ていました。戦闘不能ですわね。
「て、てめぇ! 何者――ぎゃぁぁぁっ!」
もう1人は、利き腕の肩に突き立てました。こちらも武器はもう握れませんし、腕も動きません。戦闘不能ですわ。
「それにしても、酷い育ちですわね。まさか、そんな暴言浴びせられるとは思いませんでしたわ」
「ば、馬鹿女が! ひ、1人で何かできるとでも? おぉぉぉいっ! 誰かぁぁぁっ! 敵だぁぁぁっ!」
「お仲間を呼んでいただけて、感謝しますわ。こちらから探す手間が省けますもの」
「何だ何だっ!」「敵だってよ」「なんだよ、楽な仕事じゃなかったのかよ」
「「「なんだよ、女かよ――ぎゃぁぁぁっ!」」」
本当に殿方という生き物は、愚かですわね。何故、女性というだけで油断をなさるのでして?
「油断などなくても、私は貴方たちに負けませんけれど」
振り抜かれる剣を横にするりと交わし、ふくらはぎを貫き、1踏み前に出ながら体を回し、その隣で斧を振り上げる殿方の肩を突きました――
「付いて来てくださいまし」
その股下をさっとくぐり抜け、飛び出したところで驚いた顔を浮かべている殿方の太腿を刺し、体を蹴り上げて、宙で1回転したところで、横から突かれた槍を躱しました――
「そんな誘いでは、淑女は付いていかなくてよ?」
手のひらを刺された大きな殿方は、槍を落としました。そこからでした。今度は誰1人、攻撃をして来なくなりました。
「っ!?」
弓を爪弾く音と共に風を切る矢が向かって来ました。盾で受け流しました。どこから放たれているか、特定しようとしていました――
「遅くってよ」
駆け出して細剣を5か所突きました。それと同時に悲鳴が5つ、響き渡りました。ですけれど、同時に15人ほどに囲まれてしまいました。
「ずいぶん好き勝手やってくれたじゃねぇか」
別の方向からも矢が複数放たれました。その方向には、一際明るく飾られた陣が見えました。
「あらあら、終曲と参りましてよ」
残っていた弓兵を片付け、私は本陣に辿り着きました。そこには、数人の兵とオーランド公爵の怯えた姿と――
「お、オリジン公爵令嬢! 私はギュネイ大司教に唆されただけで、ただの被害者なのだ!」
「ギュネイ……」
そして、その隣には、忘れることが出来なかった憎き因縁の顔がありました。私は黙って、オーランド公爵と他の殿方は全て無力化しました。
「っ!? だ、だから、誘拐後、無理をしてでもゲオルグ共々殺しておけば良かったのだっ! 馬鹿どもめが」
「貴方だけは……貴方だけは、私が直接沈めて差し上げたかったのですわ。やっとその時が来ましたわね――」
「ガハッ……」
ギュネイ大司教は、体がおかしな方向に曲がり、次の瞬間に意識を失っていました。
「……お母様直伝、奥義、極上の寝技はいかがでして?」
「お見事です、マーガレット様っ!」
草陰から姿を表したシルフィは、拍手していました。
「あら、シルフィ、こんな近くにいらして?」
「それはもちろん、マーガレット様の活躍を広く知らしめるために、しっかりと体験せねばと思いましたので」
そして、さほどしないうちに近くが騒がしくなりました。松明の火があちこちから現れています。
「お嬢様っ!」
そこには、ノーマンがお父様とお母様、警備隊を連れて駆け寄って来ていました。
「マーガレット、よくやった」
お父様は一言だけ添えると、私の頭を子供のように撫でました。その脇では、お母様が査定でもするように倒した敵たちを見つめておりました。
「……合格ね。今日から戦女神はマーガレット、正式に貴女のものよ。よく誰も殺さず、無力化しました。この母も驚いたわ」
「はい、お母様。ありがとうございます」
そのやり取りの脇では、オーランド公爵とギュネイ大司教が捕られていました。これで、きっと事件は丸く収まりますわね。
さすがに集中力を使い果たしたのか私は、ふらふらしてきました。「大丈夫ですか!」と受け止めるシルフィの腕の中で意識を失いました。
◇◇◇
翌朝を迎えました。私の体はあちこちが筋肉痛で立ち上がるのも困難でした。それを察したノーマンは、朝食を部屋に持って来てくれました。
「本当にお疲れ様でごさいました、お嬢様」
「ノーマンこそ、伝言、助かりましたわ。ですけれど、さすがに疲れましたわ。その後、危機は去りまして?」
「はい、お嬢様の活躍のお陰でございます。このノーマン、心より誇らしく思いますぞ」
「それは良かったですわ」
紅茶を口に運びます。ホッとしました。やはり、何事もない日々の紅茶は格別でした。
「全員、生きて捕縛されております。真相に辿り着くのも時間の問題でしょう」
そう言ったノーマンは、カートの下からお皿に乗った白い塊を出しました。それを見た私は、目が輝いてしまっているのが分かります。
「っ!? そ、それは?」
「昨夜、パティシエに無理を言って作らせた戦勝祝い、生クリームパーティです。3層の生クリームがパイ生地を包む、絶品だそうですぞ」
「く、くださいまし!」
同じ白でも少し色合いの違う生クリームが、パイ生地の山からまるで雪崩のようにこぼれてしまいました。急いでフォークを握ります。
「……はむ……っ!?」
何でしょうこの感覚は一体……私は鳥になったのでしょうか? 美しい山とせせらぐ川が見えます。
「な、何という美味な生クリームでして……」
感動していますと、ノーマンは、嬉しそうに微笑んでいました。
「お嬢様のそのお顔が再び見れて、幸せでございます」
「な、何を大げさな! これから先もずっと見れますわ」
「そうでございますな。無事、片付きましたからな」
その後、私は意識を失ってからのことを聞きました。オーランド公爵とギュネイ大司教は、お父様とお母様が監視し、牢に入れたそうでした。
他の悪漢たちは、警備隊員たちに捕縛され、まとめて地下牢に放り込まれているそうでした。
シルフィは興奮気味で帰って行ったそうで、彼女らしいですね。きっと小説への閃きがあったのですわね。
アレックスも昨夜には意識を取り戻したそうでした。本当に良かったですわ。
ゲオルグは今日から仕事復帰するようですわ。皆様、無事で終わりましたわね。
「やっと何も気にせず、小説が読めますわ」
私はシルフィ作の新作『王女様、恋の空回り』を開く。この王女……絶対私をモデルにしましたわね。




