第19想 戦女神オリジン
クライス家についた私とシルフィは、ソフィアの部屋へ通されました。
「マーガレットさん、シルフィ、御機嫌よう」
「ソフィア、御機嫌よう……」「ソフィア様、御機嫌よう」
顔にも包帯が巻かれ、体は布団に隠していますが酷い有り様なのでしょう。立ち上がらないソフィアがそれを物語っていました。
「大丈夫ですよ~足がちょっと折れたのと全身打撲程度ですし。いや~あたしとしたことがドジっちゃいました」
「誰にやられたのでして?」
「えっと~それは……」
「……まったく、皆様、揃いも揃って私を侮辱するつもりでして? 私はそんなに弱くはありません」
「それは分かってますよ~もちろん」
「貴女をこんな姿にされたのに、私に黙って見ていろというのでして、ソフィア?」
私の問答にソフィアは押し黙りました。そこにさっとシルフィが口添えしました。
「ソフィア様、わたくしはマーガレット様に全て伝えるべきかと思います」
考え込んだソフィアは、意を決したように頷きました。
「オーランド公爵とギュネイ大司教が明日、大規模な戦を準備していたんですよ~」
「戦……」
「それを突き止めたところで、見つかりまして……この有り様ですね~」
ソフィアは自信なさげに肩を落としました。その肩に手をそっと置きました。
「ソフィア……無事で何よりですわ」
「ありがとうございます。彼らは今晩から、領境に陣を構え、グランヴェール城を攻撃するみたいですよ~」
ソフィアのその言葉に、シルフィは顎に手をやり、黙って頷きました。
「なるほど……殿下を毒矢で狙っていたのは、このためですか。敵もやりますね」
「どういうことでして?」
私の問いに答えるシルフィは、いつもの小説家の顔でなく、裏の顔が覗いていました。
「あちこちで殿下狙えば、警備範囲を広げざるを得ません。広がれば、数に限りのある警備隊の中央の守りは、薄くならざるを得ません」
「そうなんですよ~あたしもさっき知ったばかりで、後手踏んじゃってるな~って」
ソフィアも分かってるようですが、どういうことでして?
「要するに、敵は最小戦力で一点突破できる、効率の良い方法を取っているんです、マーガレット様」
「王都を守る警備隊は全体で1000人程度で、それが6か所に散らされちゃってるんですよ~その上、隊長のゲオルグ公爵が外れてますし」
「1箇所当たり170名弱……そこに奇襲でしたら、仮に100人相手でも、手も足も出ないと思われます」
そして、2人は暗部の者は、正面から戦えないため、今回の場合は戦力外だとも告げました。
私は聞き覚えのある数字が聞こえて、記憶を辿りました。
「100……あら? お父様が鎧兜が市場から消えたと言っていた気がしますわ」
「マーガレットさん、本当ですか!?」
「ええ、ずいぶん規模の小さい話だと、良く覚えていますわ」
「ソフィア様……」
シルフィはソフィアと見つめ合っています。
「シルフィ、敵の戦力は100前後で確定ですよ~」
「警備隊を動かすには時間が足りませんね。わたくしが確実に仕留められるのはせいぜい10人程度でしょうし――」
「私が行きますわ」
私はすぐに立ち上がり、2人に背を向け、ドアを開けました。
「そうなっちゃいますよね~」「いくら戦女神と言えど、いけません!」
すると、後ろから2人の声が聞こえます。振り向いた私は笑顔を見せました。
「もう守られる側はウンザリですわ。それに、私の大切なものばかり狙ってくださいましたクソ野郎どもは、この手で蹴散らさないと気が済みませんもの」
「止めてももう利かないですよね~シルフィ、敵陣まで案内してください」
「い、良いんですかっ!? 10人ではありません、100人ですが?」
「ふふ、大丈夫ですわ、シルフィ。だって、私、怒っておりますから」
「え? 怒ればどうこうできる話じゃ、ありませんが……それではまるで、小説じゃないですか」
クライス家を後にした私を見たノーマンは、すぐにオリジン家の宝物庫へ馬車を走らせてくれました。
「セイレーン様以来、20年ぶりでしょうか。戦もありませんでしたからな」
「ずいぶん昔の武具ですけれど、本当に大丈夫かしら?」
「専属の職人が常に鍛錬し、磨き上げております。当時よりも優れたものかと」
「それを聞いて安心しましたわ」
幼い頃から、鬼のようなお母様の厳しい指導に耐えて、いつか使うかもしれないと研鑽を積んできたこれを、ついに使う日がやって参りました。
「……戦女神オリジン」
右手用の紅い柄の鋭い細剣と丸くて軽い紅い盾、そして、紅く輝く鎧兜一式を総じてそう呼んでいます。
「お嬢様なら、使いこなせるはずです」
ノーマンには、お父様とお母様への言伝を預け、シルフィの馬車に乗り込みました。
「そ、それが噂に聞いた戦女神オリジンですか! こ、興奮しますね」
シルフィは、紙に何かを記し始めていました。今の彼女は小説家ですわね。
それほどしないうちに、馬車は静かに止まりました。シルフィが申し訳なさそうに告げました。
「これ以上、馬車での接近は気付かれてしまう可能性が高いので、不可能です」
頷いた私は、馬車から降りました。すると、すぐにシルフィが付いて来ました。
「わたくしも、お供を」
共に戦って傷付かれては困りますわ。ですけれど、万が一のために伝達係がいてくれるのは大きいですわね……
「でしたら……隠れて見守っていただき、私が失敗した場合、警備隊に知らせる役目をお願いいたしますわ」
「いえ、少しでもお手伝いを――」
「大丈夫ですわ、たった100人ですわよね? それに貴女にまで怪我されては、私は彼らを殺しかねませんわ」
「……し、信じてよろしいのでしょうか?」
私は寝技でシルフィを地面に倒し込みました。
「ギ、ギブです……」
彼女の手を取り、服に付いた土埃を払いました。
「私を誰だと思ってまして? 戦女神マーガレット・オリジンでしてよ?」
「分かりました。わたくし、しっかりマーガレット様の勇姿をこの目に焼き付けます」
強気に言いましたけれど、不安はありました。
「……もし、仮にもし、私が敗れたら」
「敗れたら?」
は、恥ずかしいですけれど、この会話で最期になるかもしれませんわ。勇気を出さなくては!
「ゲ、ゲオルグに……慕っていたこと、だけは、伝えてください」
「マーガレット様ぁぁぁっ! 可愛いぃぃぃっ!」
私の言葉に身をよじせて、悶絶しているシルフィが余計に私を恥ずかしくさせました。
「確かに承りました。ですが、今の言葉で、わたくしも1つ、決めました!」
私は首を傾げました。シルフィは満面の笑みを浮かべていました。
「わたくしは、絶対にマーガレット様を死なせたりはしません!」




