第17想 渡される鍵
ゲオルグが倒れてから数日が立ちました。まだ彼は意識を取り戻さないようでした。
小説を読む手も止まるほど、気になることが多過ぎて、注意散漫になっていました。
「お嬢様、お客様です」
「あら、どなたかしら?」
「ソフィア様です。サロンにお通ししております」
「ソフィアでしてっ!」
私は椅子から飛び上がりました。私は慌てて、サロンに向かいました。
「ソフィアッ!」
勢いよくサロンに駆け込みました。次の瞬間、ふわりと全身が包まれ、腰に腕が巻かれました。
「マーガレットさん、御機嫌よう……すんすん、これです、これこそが本物の香り~」
「……御機嫌よう。ソフィア、無事で何よりですわ」
「いや~まさか政争が本当に起きるなんて、夢にも思いませんでしたよ~」
対面に着席した私たちの前に、ケーキが運ばれて来ました。
「平民街で見つけたんです。絶品生クリームのケーキですよ~」
「あら、手土産までいただきまして? お気遣い不要ですわよ」
「何言ってるんですか、私たちの仲じゃないですか。美味しいものは共有したいだけですよ~」
「ふふ……」
変わらないソフィアが、そこにいました。たったそれだけの事なのに……涙が零れました。
「どどど、どうしたんですかっ!?」
「ごめんなさい。貴女の無事が嬉しくて……」
「えへへ~そんなに喜んでくれるんですか~? でも、私もマーガレット不足で大変だったんですよ~」
少し照れながら、そう語るソフィアは、クライス家として動いていた約1ヶ月の話をしてくれました。
女王様より、クライス家を筆頭とする暗部へ、オーランド公爵と聖域教団フィヨングル支部の繋がりの証拠を抑えるように命じられたそうでした。
「あら……この話、私にしてもよろしくて? 秘匿事項ではなくて?」
「大丈夫です。女王様のマーガレットさんへの信頼は特別ですから。それにグランヴェール王国が誇る戦女神に隠し事はなしですよ~」
そして、クライス家は潜入調査で、とうとう聖域教団フィヨングル支部の大司教ギュネイと、オーランド公爵が手を組んでいる決定的な発言を得たと話しました。
「――なので、もう調査の終了も近いので、終われば今までのように楽しく暮らせます。もう少しの間、会えませんけど許してくださいね~」
「許すも何も、私は貴女の無事を祈るばかりですわ」
「ありがとうございます、マーガレットさん。ところで、初チューはどうでした?」
ブーッ! 飲み込みかけた紅茶が盛大に口から飛び出し、ソフィアにかかりました。それをメイドが慌てて拭き取っていました。
「……他言無用と言ったのに! シルフィ、裏切ったのですわね!」
「あはは、怒らないであげてください。あたしから、シルフィには全て報告するように依頼しちゃってるんですよ~それで、どうですか、キスの味は?」
「……す、少し硬くて――」
「ギ、ギブです! マーガレットさん、ギブ!」
思い出したら興奮してしまって、思わずソフィアに寝技をキメていました。もう、私はなんてはしたないのでして。
「久しぶりの寝技ですけど、やっぱちょっと気持ちいいですね~」
「それは貴女が特殊な訓練を受けて、受け流せるからですわ。そういえば、シルフィも同じことしてましてよ?」
「さすがですね~彼女、暗部で一番の天才と謳われてるんですよ~彼女の身分が公爵令嬢だったら、あたしなんて雑用係でしたよ~」
久しぶりの再会はあっという間に時間が過ぎて、ソフィアは調査が終わったらまた来ると言い残し、去りました。
心がとても穏やかになっていました。そして、この先も彼女の身に何も起こらないことを願うばかりでした。
翌日を迎え、いつも通り朝の目覚ましノックが響きました。昨日は気持ち良く眠れたこともあり、私は早起きをして小説を読んでいました。
「起きてましてよ、どうぞ」
私の声に開くドアから、聞こえる足音に違和感を覚えました。硬く重い足取りは、メイドのものではありません……まさか――
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
その声に、慌てて本を置いて振り返りました。
「ノーマンッ!」
「ご迷惑をおかけしました。ノーマン、本日より職務復帰させていただきます」
当たり前のようにテーブルの上に置かれたティーカップ一式は、今日の気分に合わせたものにしてくれていました。
「ありがとうございますわ。貴方の復帰、心から嬉しく思います」
「もったいないお言葉です。どうぞ、小説の続きを」
それからしばらく小説を読んだ後、久しぶりにお父様とお母様が揃っての朝食だと聞き、胸が踊りました。
「3人で朝食は1ヶ月ぶりか?」
「そうね、時が流れるのは速いものね」
お父様とお母様が並ぶ、それまでの当たり前の空間がとても愛おしく思いました。ですけれど、会話の内容は物騒なものでした。
「カイラル、オーランドはどのくらい準備をしているの?」
「100人分の鎧兜は、間違いなく市場から動いたようだな。そっちはどうだった、セイレーン?」
「ゲオルグの他に数人、アレックスを庇って毒矢を受けて負傷してるわ。我が警備隊では受け身でジリ貧ね」
「攻め、が必要か……」
話を聞いていて、アレックスは何度も狙われていることを初めて知りました。大丈夫でしょうか……
「マーガレット……お前にこの鍵を渡しておく」
お父様の手からノーマンが受け取ったその鍵は、私の手に移りました。これは確か――
「戦女神への鍵だ。何かあったら使うといい」
「……分かりましたわ、お父様」
朝食を終え、部屋に戻ってしばらくすると、今度はシルフィの訪問があり、至急出て来て欲しいとのことでしたので外に出ました――
「ま、マーガレット様っ! ゲオルグ公爵が――」
「っ!? ゲオルグに何かありましてっ!?」
「目覚めましたっ!」
私はシルフィに手を引かれ、馬車に乗って王立病院に到着しました。部屋の前に列ができていました。
「お、野獣姫だ……えらい美人だな」「マーガレット様よ」「公爵令嬢だ、下がっとけ」
ゲオルグの性格を考えれば、たくさんの人が回復を待ち望んでいても不思議じゃありませんでした。失念しておりました。
皆様に、気を遣っていただき、私たちはゲオルグと3人になりました。血色の悪さもなくなっており、私を見つけると笑顔で歓迎してくれました。
「マーガレットじゃないか! 見舞いに来てくれたのか!」
「ええ、意識を取り戻したと聞きまして」
会話ができることが、こんなに嬉しいことだなんて、知りませんでした。私は目頭が熱くなるのを感じました。
「ああ、お陰様でこの通りだ。ところで、そちらのご令嬢は?」
「シルフィ・シルバードールと申します」
「シルバードール? ジェリド伯爵の?」
「お父様をご存知なんですか」
「ああ、昔少し世話になった。よろしく伝えてくれ」
「分かりました」
「立ち話もなんだ、ゆっくりしていってくれ」
ゲオルグは立ち上がって、椅子を2つ用意してくれました。こういうさりげない気遣いができるところは、ノーマンに似てるかもしれませんわね。




