第16話 意識不明の幼馴染
シルフィが帰った後、あまりに喋らされてしまったことを、私は不安に思いました。
そこで、メイドにシルバードール家を至急調査するように手配いたしました。
ソフィアの紹介でしたら問題ありません。ですけれど、そこが嘘だった場合は少し厄介なことになりそうですから……
夜には報告がありました。シルバードール家は、クライス家と強い繋がりがあるのは間違いないようでした。
翌日、元気な笑顔で現れたシルフィでしたが、サロンに座るとおどけた様子で私に告げました。
「マーガレット様、遠慮なさらず言ってくだされば良かったんですのに」
「何のことでして?」
「うちを調査するなんて、遠回しなことをされなくても、聞いてくだされば洗いざらい話します」
「……知っていましたの」
「はい。でも、気にしないでください。貴族社会ではそれが当然だと思います。逆に、マーガレット様もちゃんと貴族なんだな、と安心しま――」
この方、失礼にもほどがありますわ。私はすかさず寝技をキメました。反射でした。
「……ギ、ギブです。ごめんなさい」
ですが、この既視感のある違和感……
「ふーん、この絶妙な受け流し……貴女、ソフィアと同類ですわね?」
「ふふ、気付かれましたか。わたくしもまだまだですね」
ちゃんと技を受けているように見える技の受け方……これは、一朝一夕で身に付く代物ではありませんもの。
「……ソフィアから貴女は一体、何を託されたのでして?」
「それはそれは色々と、です」
「そうでしょうね」
含むものもありますが、逆にこれほど心強い方もいないですわね。
「私の護衛も頼まれてまして?」
にこりと笑うシルフィは、鼻息荒く語りました。
「誘拐事件、わたくしもその場にいられなかったのが悔しかったくらいです。ソフィア様は、そのことをとても気にされておりました。二度とないようにしたいと」
「まったく……皆様、過保護ですわね」
アレックスといい、お父様やお母様といい、揃いも揃って私を守るとおっしゃいますわ。
「もうあんな失態は演じません。それに、私はそんなに弱くありませんわ」
「皆さん、それは分かってると思います。ただ、可愛いんです。マーガレット様が」
シルフィは、真面目な顔で照れもなく、そんなことを平気で言ってのけました。こちらが照れてしまいますわ。
「ところで、平民街の市場に遊びに行くのが恒例だったと聞いてますが」
「そうですわね。ソフィアとはよく遊びに行っていましたわ」
「行きませんか?」
「え? 貴女は平民が嫌いではなくて?」
ご令嬢には、「平民なんて……」と見下す方がとても多いため、まさかと思いました。
「何言ってるんですか、平民の皆様はわたくしのお客様ですよ?」
その言葉に、私は鼻でふっと笑いが出てしまいました。杞憂だったようですわね。
「……なるほど、貴女の立場ならその通りですわね。いいですわ、久しぶりに市場へ繰り出しますわよ」
◇◇◇
何も変わらず賑やかなそこに、私は心が踊っていました。ですけれど、そんな私の横には、ソフィアではなく――
「シ、シルフィ様っ! この、『俺様白書』、最高でしたっ! サインくださいっ!」「シルフィ様、私もサインを!」「シルフィ様!」
想像もしていなかった世界が広がっていました。シルフィの前に、平民たちが列を成していました。
そして、あの民たちのなつきようと言ったら、信じられません。公爵令嬢などという肩書が霞んでしまうほど、華やかな姿がそこにありました。
「大変だっ! 大変だっ! 号外だっ! アレックス殿下が何者かに襲撃されたらしいぞっ!」
その声に振り向いた私は、内容に驚きました。アレックスが襲撃? そんなまさか……だって、護衛がおりましてよ?
「その殿下を庇った警備隊長が危篤だそうだっ! 詳しく知りたいだろ? 買った買ったぁぁぁっ!」
ゲオルグッ!?
「どうしました? 待ってください? マーガレット様!」
私は走り出していました。馬車に付くなり、御者に告げ、呼び止めるシルフィを置いて、王宮に向かいました。
「お前から会いに来るなんて、雪でも降るのか?」
王宮に着いた私の呼び出しに応じて、アレックスが姿を表しました。
「襲撃されたのは、本当でして? 大丈夫なのでして?」
アレックスは、不機嫌そうに髪をかき乱しました。
「誰だよ、教えたのは……必死に隠してたってのに」
「いつでして!」
「……2日前だよ」
「ゲオルグはっ!?」
「安心しろ、まだ意識はないがちゃんと生きてる……クライス家の持ってる血清が有効な毒だったのが救いだった」
「何で私に言わなかったのでして、アレックスッ!」
従者たちの目があるのは分かっていました。慌てふためいて、取り繕うとしているアレックスの姿も見えていました。
ですけれど、隠さられたことが許せませんでした。
「……お前は、心配すると突っ走るからだ」
少し小声で、視線を反らしてそう告げました。
「分かりました。謁見いただき、ありがとうございました」
私は踵を返して王宮を出ました。そして、ノーマンも治療を続けている王立病院へ着きました。
「……」
看護師から部屋を聞き出した私は、部屋に入り、少し血色の悪いゲオルグの顔がそこにありました。胸部が動いていました。
「生きている、のでして、ゲオルグ……」
意識のない彼の脇に座りました。寝息だけが聞こえました。
彼の手を取り、静かに見つめました。そして、その可愛らしい寝顔に見とれながら、私は考えていました。
もし……
仮にもし、ゲオルグが死んでしまっていたら、私はとても後悔をしていたと気付きました。
「貴方を好きだと伝えられないまま別れるなんて嫌ですわよ。それに――」
少しだけ……少しだけ、躊躇いました。でも、目を閉じた彼の顔があまりにも穏やかで、今だけは許してもらえる気がしました。ですから――
そっと、口づけしました。
触れた瞬間、胸がいっぱいになりました。ほんの少しの温もりだけが、そこにありました。遅れて顔が赤くなるのを感じました。
「……寝ていれば、こうしてできるのですけれど。ふふ、おかしな話ですわね」
私は椅子から立ち上がりました。そして、部屋を出ました。部屋の脇には、シルフィの姿がありました。
「……いるのではないかと思ってましたわ、シルフィ」
「はい! 良い着想をいただきました!」
「えっ!? まさか見てまして?」
「はい! 最初から接吻までばっちりと」
「せせせ、接吻――」
「……ギ、ギブですって、マーガレット様」
私の寝技を受けるシルフィは、廊下の床をバンバンと叩いていました。その状況に慣れていない看護師の方々が、密々と迷惑そうにしていました。
私は、慌ててシルフィを解放しました。服を整えるシルフィは、いつも通りのにこやかな笑顔を浮かべました。
「この件はもちろん内密にしますし、襲撃事件の黒幕、探っておきます」
「ほ、本当に他言無用でしてよ?」




