第14想 孤立するマーガレット
あれ以来、アレックスはもちろん、ゲオルグ、ソフィアとさえ会わずに、2週間が過ぎようとしていました。
その間、私はひたすら小説の世界に没頭する毎日を送り、食事とお風呂以外は全て、小説を読んでおりました。
今読んでいる話は、『俺様白書』でした。
不正を許せない正義感溢れる公爵令嬢と、全てが自分の思い通りになると思っている王子の恋の物語で、自然と入り込めました。
読書に夢中な私に、先ほどメイドが告げました。ノーマンが順調に回復しているそうです。心から安堵しました。
お見舞いにはあれ以来、行っておりませんでした。気になってはいたのですが、私が行くと、返っていらぬ気を遣わせてしまうと思いました。
「……はっ! 今日は誰とも話してませんわ」
お父様とお母様も忙しくしており、1人で食事することが増え、誰かと話す機会自体が減っていたのでした。
「そういえば、最近、アレックスが来ませんわね?」
「2週間も空くのは、初めてだと思われます、お嬢様」
メイドの言葉に、ようやくはっきりと2週間という時間を感じることができました。ビルギット侯爵家のパーティでのこともありますし――
「……派閥争い、が関係しているのでしょうか」
私はアレックスとロデオが争うところを見たくはありません。
仲の良い兄弟なのに、周りの都合で引き離されるのは、いたたまれないものがありました。
それにしても、何なのでして、この王子の傲慢さは……ですけれど、一途なので何だか許してしまいますわね。
そう、これはまるで、アレックスのような真っ直ぐさ――
「嫌ですわ」
すぐに本を閉じ、天井を見上げました。顔が火照り、あの青い瞳を思い出してしまいました。
ゲオルグのことを考えようとしました。ですが、浮かんでくるのは——
「……嫌ですわ、本当に」
2度目は、1度目より少し小さな声でした……そうですわ、久しぶりに外に出ましょう。
ソフィアを誘って平民街に繰り出すべきですわ。良い案ですわね。
「出かけます、支度をお願いしますわ」
用意された馬車に乗り込み、御者に伝えました。
「クライス家へお願いしますわ」
到着したクライス家では、申し訳なさそうに執事が対応してくださいました。今日は留守だそうで、そのまま私は家へ戻りました。
翌日も不在、執事からは「理由は聞かされておりませんゆえ、お許しを」と告げられました。
その翌日もクライス家を訪れましたが、ソフィアは不在でした。『久しぶりに平民街を散策しませんでして?』という伝言を残しました。
ですが、伝言の返事すらなく、それからさらに1週間が過ぎようとしていました。
こんなことは、今までにありませんでした。ソフィアが無事だと良いのですけれど――
「お嬢様、ソフィア様からお返事が届きました」
やっと返事が来たようです。
ソフィアのことですから、『おいしいお店、見つけてありますよ~』や『しばらく遊びに来てくれなくて寂しかったじゃないですか~』などとおどけた返事に決まってますわ。
ですけれど、期待していた内容とは違うものでした。
ただひと言、『しばらく会えません』とだけ書かれた手紙は、私をとても不安にさせました。
何か良くないことが起きている、そんな確信が芽生え始めていました。小説を読む手も止まり、これまでの状況を振り返っておりました。
すると、ノックされました。「どうぞ」と軽く返事すると、ドアが開き――
「失礼します、お嬢様――」
「っ!? ノーマンッ!」
松葉杖を突くノーマンの姿がそこにはありました。
朗らかに笑う彼は、「席に着いてもよろしいでしょうか」と静かに尋ねました。私は大きく頷きました。
「もう大丈夫ですの?」
「はい。ご心配をおかけしました、お嬢様」
「何をおっしゃってまして。貴方は私の命の恩人です。心配して当然ですわ」
ノーマンは机の上に山になっている小説を見つめました。
「ずいぶんと小説が増えましたな」
「ええ、ソフィアに誘われてアイリス伯爵令嬢の誕生パーティに行きまして……そこで知り合ったご令嬢たちが貸してくださりました」
「ソフィア様以外にも、お友達ができたのですか……それは嬉しゅうございます」
「いえ、お友達というほどではありませんけれど……」
それにしても、またノーマンとこうして話ができるのは夢のようですわ。
「……お嬢様は、少し変わりましたな」
「何がでして?」
「ええ。以前より、少しだけ、遠くを見るお顔をされます」
私は何も答えられませんでした。遠くを見ている、でして? 自分では気付いていませんでしたが、ノーマンが言うのですから、きっとそうなのですわ。
「そういえば、ノーマン」
「何でしょうか?」
「この3週間、ソフィアと会えませんでして……置き手紙の返事も、この一文だけ……おかしいと思いませんでして?」
返事の手紙を渡すと、それを見ながら、彼は顎に手をやり考えていました。
「おそらく……クライス家、が忙しいのではないでしょうか」
「……クライス家?」
「家業の方です」
その言葉で、ようやく違和感の穴が埋まりました。
「そういうことですわね」
「それに皆様、お嬢様を巻き込むまいとしておられますからな」
「……何故ですの?」
「それは……可愛いから、ではありませんかな」
「もう、ノーマンまで、お父様みたいなこと言わないでください」
「失礼しました、はは」
「お父様やお母様まで忙しくされていて、私だけ置いていかれている気分ですわ」
「……確かにそうでしょうな」
ノーマンはそのまま黙り込みました。
「派閥争いの裏で、聖域教団が動いているのはご存知ですよね?」
「ええ、誘拐された時にもおりました」
「……馬車を暴走させたのは、聖域教団です」
「え?」
私は耳を疑いました。作為的な証拠があるとは聞いていましたけれど、聖域教団とは聞いていませんでした。
「私は、お嬢様を突き飛ばす直前に見たのです。馬に火を当てる教団の服を着た者を」
「何のためでして?」
「それは私も存じかねますが……とにかく、誘拐、馬車の2件で、お嬢様は狙われているのは明らかです」
私が狙われていまして? ですけれど、何故でして?
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
私たちの会話に割り込むように、ノックと共にメイドが部屋に入りました。
「お客様です」
「誰でして?」
「シルフィ伯爵令嬢様です」
「……シルフィ?」
誰だったかしら? 私は記憶を辿りましたが思い出せません。小説を貸してくださった1人だとは思うのですが……
「サロンに通してください」
ノーマンは足を引きずりながら、来週復帰すると告げて、去っていきました。私はサロンに向かいました。
「マーガレット様、御機嫌よう」
「ああ、貴女でして……シルフィ、御機嫌よう」
思い出しました。銀髪で美しい、ソフィアの小説お友達で、私にオススメの小説と、3冊も貸してくださった方でした。
メイドが紅茶を入れ、お菓子を運びました。
「どうぞ、召し上がってくださいまし」
「ありがとうございます、マーガレット様」
「ところでシルフィ、今日はどうかしまして? 小説の返却の催促でして?」
「いえ……」
俯いてもじもじするシルフィに、私は余計に分からなくなりました。
「ソフィア様から、マーガレット様のお相手をするように申しつけられました!」




