第13想 王子の同伴者
先日のアイリス伯爵令嬢のパーティで、皆様からたくさんの小説を借りてしまい、毎日毎日ひたすらそれを読んでおりました。
「お嬢様、お客様です」
私は生クリームたっぷりのケーキを頬張りました。美味しいですわぁぁぁっ!
「……どなたでして?」
「アレックス殿下です」
アレックス? 何用でして? 恒例の婚約問答にしては早いですわね……小説の続きが気になっているため、本音は断りたいところでした。
ですけれど、仮にも殿下ですわ。仕方がないので、サロンに通しました。
「マーガレットは、本当に美しいな」
「殿下……それはまさに耳にタコ、でございます」
「そうか……」
少し黙ったアレックスは跪きました。まさか、また――
「マーガレット、俺の嫁になれ!」
ポーズだけは、ロマンチックですが、台詞が酷過ぎますわ。手の上には指輪の入った箱が開かれていました。
「はぁ……何十回、やれば気が済みますの、アレックス?」
私は手を握ったり離したり、感覚を確認しました。いつもより、間隔が狭いのが引っ切りますわね……ですけれど――
「さあ、返り討ちにして差し上げますわ。どこからでも結構でしてよ?」
「よし! 今日こそはお前を貰ってみせるぞ、マーガレット!」
――数分後。
「はぁ……はぁ……さ、さすが野獣、姫、だな」
汗だくで倒れるアレックスを前に、私は少し髪が乱れた程度でした。素直に剣技で挑めば、まだマシな戦いになりましてよ?
「また、私の勝ちですわね。その指輪は持って帰ってくださいまし」
メイドが紅茶を入れたので、私は先に席に着き、口をつけました。それにしても、早くあの小説の続きが読みたいですわね。
「……話は変わるんだが」
息が整ってきたアレックスは席に着いて、真剣な顔をして、口を開きました。
「俺の後援者のビルギット侯爵家で、2日後にパーティがあるんだ」
「そうでして?」
「女性同伴、のパーティらしくてな」
「殿下に誘われたら、大抵の女性は付いて行くのではなくて?」
そんなパーティはどうでもいいのですわ。早く小説の続きを――
「俺が他の女を誘ったら、お前、嫌じゃないのか?」
「え?」
考えたこともありませんでした。アレックスは、品良く紅茶を口にしていました。
「例えば、ソフィア嬢とか――」
「それは絶対嫌ですわ! ソフィアは私のものですから」
「そっちかよ……お前な、彼女もれっきとした公爵令嬢だぞ? お前が縛り付けられる身分でもないだろ」
「それは分かっていますわよ……」
メイドが運んできたクッキーを口にしたアレックスは、そのまましばらく黙り込んでいました。
分かっていますわ。私に同伴させたいのですわよね……あいにく今は読書に忙しいのでしてよ。
早く読んで、皆様に返却しなければなりませんし――
「……駄目だ。俺は、お前が隣じゃないと嫌だ」
「何でして、いきなり?」
「マーガレット。お前が俺の同伴だ、いいな?」
「えっと……嫌だと言ったら、不敬罪とかになりまして?」
「なるかよ! 本当に嫌なら……諦める……」
寂しげな青い瞳を見ていたら、私まで寂しくなりました。この男は、悲しげになるとか弱い女性のように見えるのが厄介ですわね。
「……仕方ありませんわね。幼馴染のよしみでしてよ。今回はお付き合いいたしますわ」
「……お前、何だかんだ言って、本当は俺のこと好きだろ?」
「いいのでして、アレックス、そんなことおっしゃってまして? 私は、今すぐ同伴を断ってもいいのですけれど」
「すまん! じゃ、よろしく頼むぞ!」
賑やかだった時間に静けさが戻りました。
◇◇◇
やはり、軽はずみに王子の同伴者など、引き受けるものではありませんでした。おかげで、引き攣った笑顔しか張り付きません。
「殿下、ようこそお越しを!」
「ビルギット、楽しませてもらうぞ」
「そちらのご令嬢はまさか、かのオリジン家の戦女神ですか?」
「お、珍しいな。今どき、マーガレットをその通り名で呼ぶ者は少ないぞ」
「初めまして、マーガレット・オリジンですわ。御機嫌よう、おほほほ……」
何が大変かと申しますと、まず挨拶の数でした。私は普段、お父様に絶対挨拶しろと言われた家の方だけで済ませているので5、6件でした。
ですけれど、アレックスはほぼ会場中への挨拶回りました。
「やはり、野獣姫の飼い主は殿下でしたか」
普段なら、寝技をキメている場面でも、王子の同伴者という立場上、それを我慢する必要がありました。
「やはり……お二人はお似合いだと思ってましてよ。内密にしておきますわ」
加えて、婚約の噂は本当だったのだと受け取る方が多くて、うんざりしました。
アレックスは、私の顔を見て、してやったりと喜んでいまして、鬱陶しいことこの上なしでした。
「それにしても、王族は大変ですわね」
あまりの忙しさに、お花摘みを理由にして場を去り、ひと気のないベランダにおりました。お母様がパーティを嫌う理由がよく分かりました。
「さすがの野獣姫も疲れたか?」
この憎たらしい声は、寝技をキメても問題ありません。
「……ギ、ギブ。か、加減しろよ」
「嫌です」
「ギブだって!」
仕方がありませんから、アレックスを解放しました。
「ったく……」
服を整えるアレックスに、近付く影がありました。私は咄嗟に彼の前に出ました。構えを取ると――
「ま、マーガレット嬢、敵ではありません。僕です、ビルギットです」
両手を上げ、無抵抗のポーズを見せるビルギット侯爵の姿がありました。確かに、主催者として挨拶をしていた方でした。
「……失礼しました、ビルギット侯爵」
敵でないことに、心から安心しました。オリジン家の娘として、もう油断するわけにはいきませんから。
「お気になさらず……殿下、ひと気がないのでちょうどいいのですが、よろしいですか?」
「どうした、言ってみろ」
その口から語られたのは、聖域教団が第1王子派へ、第2王子派への寝返りを働きかけて回っているという話でした。
「あくまで、噂のていですが……僕のところには来ました。ギュネイと名乗る僧でした」
「情報提供、感謝するぞ。しかし、第2王子派と聖域教団の接点だけが分からんな」
聖域教団……あの男のことは、今思い出しても寒気がしました。武闘派オリジンの娘が、情けないですわね。
「不安なのか、マーガレット?」
「え?」
顔に出てしまっていたのでして? 瞬きを繰り返して、平静を取り戻しました。
「心配するな、お前にちょっかいは出させない。後は、俺に任せておけ」
そう微笑む笑顔に、あろうことか安らぎさえ覚えてしまいました。その目に吸い込まれてしまいそうでした。
そこからは、私はただアレックスの後ろに付いて回るパペットのように、会釈と相槌だけして過ごす時間が流れました。
一方でアレックスは、何を話すべきで何を聞き出すべきかと思案し、短時間で必要な情報を集め、信頼を獲得していきました。
ただの幼馴染ではない『王子』という側面を目の当たりにしまして、これほど成長しているのかと、驚きました。
それと共に、友情と信頼が混ざり合って不思議な感情の高ぶりを覚えた1日となりました。
ベッドに寝転んだ私の口から、思わずこぼれてしまいました。
「……両方でも良いのでして?」




