第5期 第12話 「約束の教室へ」
春。
桜が満開を迎えた四月。
今日はユウキとマミの結婚記念日。
そして、佐伯先生と交わした「毎年、花園高校へ行く」という約束の日でもあった。
朝。
マミは陽菜に小さな春色のワンピースを着せていた。
「かわいい。」
ユウキが笑顔で言う。
「お父さん。」
「今日だけで何回目?」
「十回目くらい。」
「まだ朝だよ?」
三人は笑い合った。
車に乗り込み、花園高校へ向かう。
チャイルドシートの陽菜は、窓の外を興味深そうに眺めている。
「あ。」
小さな声を上げるたびに、ユウキはバックミラーを見てしまう。
「また見てる。」
マミが笑う。
「心配で。」
「ちゃんと座ってるよ。」
「分かってるけど。」
「父親って、こうなるんだな。」
花園高校。
校門の桜は、高校一年生の春と変わらず美しく咲いていた。
「ただいま。」
マミが小さくつぶやく。
「また来たよ。」
ユウキも静かに微笑む。
陽菜を抱き上げると、小さな手が桜の花びらを追いかけるように動いた。
「陽菜。」
「ここがお父さんとお母さんが出会った場所だよ。」
校舎へ入ると、懐かしい声が聞こえた。
「おーい!」
「佐伯先生!」
先生は少し白髪が増えていたが、笑顔は昔と変わらなかった。
「約束、守ってくれたな。」
「もちろんです。」
ユウキが笑う。
「今年は。」
「一人増えました。」
佐伯先生は陽菜を見て、目を細めた。
「こんにちは。」
「君が陽菜ちゃんか。」
陽菜は先生の顔をじっと見つめる。
そして。
「きゃっ。」
小さく笑った。
「ははは。」
「いい笑顔だ。」
先生も思わず笑顔になる。
「行こうか。」
先生に案内され、一年一組の教室へ向かう。
扉を開ける。
そこには、あの日と変わらない景色が広がっていた。
窓際の席。
後ろの席。
黒板。
春の日差し。
「変わらないね。」
マミが静かに言う。
「うん。」
「ここが全部の始まり。」
マミは前から二列目の席へ座る。
ユウキは、その後ろへ。
高校一年生と同じ位置。
「覚えてる?」
「数学の時間。」
「授業中なのに。」
「ずっと話してた。」
「先生に見つかった。」
「『お似合いですね』って。」
教室に笑い声が響く。
佐伯先生は黒板へ歩く。
チョークを手に取り、ゆっくりと書いた。
『おかえり。』
その文字を見て、ユウキの目が潤む。
「先生……。」
「この教室はな。」
先生が穏やかに話し始める。
「毎年、四月になると。」
「お前たちが来るのを少し楽しみにしている。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「教師として。」
「こんなに嬉しい宿題はない。」
マミは陽菜を抱いて立ち上がる。
「陽菜。」
「ここがお母さんの席。」
小さな手が机に触れる。
「そして。」
ユウキが後ろの席を軽くたたく。
「ここがお父さんの席。」
「この距離から。」
「恋が始まった。」
佐伯先生が笑う。
「正確には。」
「授業中のおしゃべりからだな。」
「先生。」
「そこは内緒で。」
教室中に笑いが広がる。
帰り際。
ユウキは黒板の隅に、小さくチョークで書いた。
『今年も来ました。』
その隣へ、マミが続ける。
『三人で。』
そして最後に、佐伯先生が一言だけ付け加えた。
『また来年。』
三人はその文字を見つめながら、静かに微笑んだ。
校庭を歩いていると、野球部の練習が始まっていた。
金属バットの音。
仲間たちの掛け声。
ユウキは足を止める。
「懐かしい。」
「青春だったね。」
マミが言う。
「でも。」
「今は?」
ユウキは陽菜を見つめて笑う。
「今が一番幸せ。」
マミも大きく頷いた。
「私も。」
帰宅後。
リビングに今日撮った写真を飾る。
桜の下で笑う三人。
教室で撮った一枚。
佐伯先生との記念写真。
アルバムに新しいページが加わる。
「毎年。」
マミが写真を見つめながら言う。
「一冊ずつ。」
「家族の歴史が増えていくね。」
ユウキは静かに頷く。
「そして。」
「いつか陽菜が大きくなったら。」
「このアルバムを見せよう。」
「お父さんとお母さんの。」
「最初の恋の話を。」
夜。
陽菜はベビーベッドですやすや眠っている。
ユウキとマミは、その寝顔を見ながらソファに並んで座る。
「来年も。」
「再来年も。」
「十年後も。」
「約束を守ろう。」
「うん。」
「家族みんなで。」
二人はそっと手を重ねた。
窓の外では、春風に桜の花びらが舞っていた。
高校一年生から始まった恋は、夫婦になり、家族になり、これからも未来へ続いていく。
そして、次に迎えるのは、陽菜が初めて立ち上がる日。
新しい一歩は、小さな家族の未来をさらに大きく動かしていく。
――最終話「そして、家族になる」へ続く。
第5期最終話では、陽菜が初めて歩き、家族三人で未来へ踏み出します。そして数年後のエピローグでは、陽菜が花園高校へ入学し、ユウキとマミが出会った教室の前に立つ、シリーズ全65話を締めくくる感動のフィナーレが描かれます。




