害悪
『ジャスティス・アンドロイド』2
・害悪
イーヴィルを倒してから数日。もうすっかりアルバイトが板に付いたジャスティスは常連客からも笑顔で挨拶されるようになっていた。
「おっ。正義君。今日も頑張ってるね」
「あ、ヒマワリさん。いらっしゃいませ」
「もう覚えてくれたのか。仕事が早いねぇ」
「毎日来て下さる方はもうすぐに覚えますからね」
「流石だね。ブレンドお願いね」
「砂糖二つにミルク一つですよね?」
「もうそこまで分かってるのか。うむうむ。関心、関心」
「そんな褒めても割引とかしませんよー?」
「ちぇっ。なんだい。ケチンボ~」
「あはは。それがマスターからの指示でしてね」
「そうかい」
そこへコウヨウの姉、長女のモミジが現れた。
「おはよ~」
「おう。モミジちゃん。おはよう。随分遅いおはようだね」
「今日は大学が休みなのよ~」
「そうかい。じゃあお店の手伝いでもするのかい?」
「お父さんが『寝てばっかりいないで少しは働け』って五月蠅いから仕方なくね~」
「ははは。まぁ頑張んなさい」
「あ、ジャスティス君じゃん。おはよ~」
「おはようございます。モミジさん」
モミジはジャスティスに挨拶しながら珈琲を淹れた。それを客のヒマワリに出すのかと思っていると、自分で飲んだ。
「えっ?」
「何?『えっ?』って」
「いや、それヒマワリさんに出すんじゃないんだと思って」
「だって注文聞いてないし」
「あ、まぁ、そうですよね……?」
「ははは。モミジちゃんは相変わらずだな。正義君。慣れだよ。慣れ」
「あ、ハイ……」
そう三人が話していると、店の奥からイチョウが珈琲を持って出てきた。
「はい。お待たせしましたよっと」
「おっ。ありがとう。オーナー」
「あ!すみません!お出しするのが遅れちゃって……!」
ジャスティスがイチョウとヒマワリに対して平謝りした。ヒマワリは笑い、イチョウはジャスティスの肩に手を置いた。
「大丈夫、大丈夫。キチンと接客出来てたのは見てたから」
「あ、ありがとうございます……!」
「でも給料からは引いておくね」
「えーっ!?」
「はっはっは。冗談だよ」
「あ、何だ。冗談だったんですか……」
「真に受け過ぎだよ。ジャスティス君」
四人は笑い合った。
ヒマワリが「ところで前から思ってたんだけど」と切り出し「ジャスティスって何?」と聞いた。ジャスティスが言い淀んでいると、モミジが「あだ名なんだよね~?せ・い・ぎ・君?」と代わりに答えた。ジャスティスは「ハイ、ソウデス……」とぎこちなく答えたが「へー。そうなんだー」とスルーされた。
暫く四人で雑談していると、ふとヒマワリが言った。
「そういえば、クレハちゃんは、まだ引き籠っているのかい?」
「えぇ……まぁ、まだ三ヶ月とかですから……」
「クレハはクレハで大変なんだよね~……お母さん子だったからさ~……」
「そうか……早く立ち直ってほしいけどなぁ……」
三人が暗い雰囲気になっている中、取り残されたジャスティスは聞いてみた。
「あの。ちょっと良いですか?」
「ん?何かな?」
「クレハさんって、引き籠りなんですか?」
「あー……まぁそうだなぁ」
「何かあったんですか?」
「んー……」
「何かお力になれたらと思って聞いたんですけど……ご迷惑なら流して下さい」
「まぁ良いんじゃないの~?ジャスティス君になら言っても」
「……そうだな。同居人でもあるしな。言っておこう。アイツは、俺の妻であり、モミジ、クレハ、コウヨウの母親をアンドロイドに殺されたんだ」
「えっ!?」
「アタシも最初はショックだったな~……でも死んじゃったものは取り返しが付かないから、アタシは逆に前向きに生きていこうと思ったんだよね。まぁアンドロイドの事は許せないけど」
「私も最初は戸惑った。でも、この子達の為にもいつも通りで居る事が大切だと思っていつものように接していたんだが……それがクレハには逆効果だったようだな……」
「逆撫でしちゃったのかな~?多分、お母さんがいない日常が当たり前になっていくのが嫌だったんだろうね~」
「……そうでしたか。ごめんなさい」
「いや、良いんだ。いずれは話さなきゃいけないと思っていたところだったからね」
ジャスティスからすると「大切な事を軽々しく聞いてしまって……」ではなく「自分の弟妹達のせいで……」という方向で謝っていた。
空気が重くなってしまった事でモミジは「さて」と言って席を立った。
「どうした?モミジ。クレハの所に行くのか?」
「行かないよ~。この重っ苦しい空気に耐えられないから出ていくだけ~」
「じゃあしっかり大学のレポートでも書きなさいね?」
「もう終わったもんね~。そんじゃ、ちょっくら二度寝してくるから~」
モミジは去っていった。「はいはい……」と答えたイチョウは「って、おーい!店を手伝わんかーい!」と言ってモミジを追い掛けていった。
「……慣れそう?」
「まだ時間掛かりそうですね……」
「だよねー……」
その日の休憩時間の十六時半頃、まかないを聞かれ、適当に「ナポリタンで」と言って食べる振りをした。口で嚙んで飲み込むのだが、実際は胃に当たる部分に流し込むだけで、後で腹を割って取り出さなければならない。面倒だが、人間社会に溶け込むにはこれをしなければならないのだった。
そして食べ終わった時にイチョウに呼ばれた。
「ちょっと良いかな?」
「何か御用ですか?」
「これをクレハの部屋まで持って行ってほしいんだ」
イチョウの手にはナポリタンが乗せられた小さい一枚の皿があった。
「クレハさん、食べてるんですか?」
「あぁ。一応何度か確認したが、毎回空になっているから、多分食べてはいると思う」
「そうですか……じゃあ持って行きますね」
「一応、声掛けしといてくれるかな?まだ挨拶してないだろう?」
「そうですね。分かりました」
そう言ってジャスティスはナポリタンをトレーに乗せてクレハの部屋の前まで持って行った。
「クレハさーん?初めましてー。ジャス……正義ですー」
そう問い掛けるも反応は無かった。
「ナポリタン、ここに置いておきますねー?」
それだけ言ってジャスティスはその場を去った。
次に差し入れのサンドイッチを置きに行った時、イチョウが言っていたように皿は空だった。どうやら食べてはいるらしい。しかしトイレに行っているところを見た事が無い。「もしや汚部屋化してるのでは?」と不安になったジャスティスは、自分の目を繰り抜き、廊下に置いた。遠隔操作で、リアルタイムでトイレへの出入りを見守った。暫くしてクレハが部屋から出てきた。そして差し入れのサンドイッチを手に取った。「何だ。食べてるのか」と安堵したのも束の間。クレハは異常なまでに痩せこけていた。更にサンドイッチを手に取ったかと思うと、トイレに持って行ってすぐに出てきた。そこにはサンドイッチが無く、おそらくトイレに流してるものだとジャスティスは思った。ジャスティスは「これじゃいけない!」と思い、翌朝、イチョウに相談した。
「オーナー。ちょっと良いですか?」
「ん?どうした?」
「クレハさんの最近の姿、見ましたか?」
「いや、ここ最近は見てないな……何でだ?何かあったか?」
「あの……多分ですけど、クレハさん、食事してないですよ?」
「何でそんな事が分かるんだ?」
「たまたま(クレハが)トイレに行った時に(遠隔操作の目で)見たんですが、サンドイッチを手に取ってすぐにトイレに向かって、すぐに出てきたんです」
「それが?」
「その時見た様子だと、異常なまでに痩せこけてました。それにトイレでの滞在時間が異常に短かったです」
「……そう、か……」
沈黙が流れた。それを破ったのはジャスティスだった。
「あの、奥様の音声が入った物って何か無いですか?」
「何でだ?」
「ちょっと卑怯な真似になってしまいますが、奥様の声を聞いたら、お母様の声を聞いたら部屋から出てくるんじゃないかと思いまして」
「それと音声に何の関係が?」
「僕が声真似をします」
「君、そんな事が出来るのか?」
「えぇ。そうプログラムされてます」
「プログラム?」
「あ、違った……生まれ付きそういうのが得意なんです」
「そうなの?ちょっと私の声を真似てみてよ」
ジャスティスはイチョウの声真似をした。
「成程。確かに凄い。分かった。一か八かやってみよう」
イチョウは自分のスマートフォンに奥さんの声が入った物が無いか探した。しかし見付からなかった。そこへコウヨウがやって来た。
「どうしたの?二人共」
「コウヨウさん。実は貴方のお母様の声がある動画か音声を探してまして」
「何で?」
「クレハさんを部屋から出す為です」
「よく分かんないけど……あるよ?」
「本当ですか?」
「うん。一昨年の誕生日に撮ったムービーだけど、多分声入ってると思う」
コウヨウはスマートフォンを操作し、ムービーを見せた。そこには確かに「ありがと~!」「嬉しい~!」と言った声が入っていた。これをジャスティスは真似た。少し調整して、イチョウの妻の、普通の声が出せるようになった。
早速実行に移った。クレハの部屋の前でまずはイチョウが声を掛けた。
「クレハー?生きているかー?」
返事は無かった。続いてコウヨウが声を掛けた。
「クレハお姉ちゃーん?出てきてー?」
またも返事が無かった。そこでジャスティスはクレハの母親の声を出した。
「クレハー?出てきてー?」
中からドタンバタン!と音が鳴り、慌てた様子でクレハが出てきた。
「お母さん!?」
そこには母親の姿は無く、目の前にはイチョウ、コウヨウ、ジャスティスがいた。
「えっ……?今の声は……?」
ジャスティスはクレハの母親の声のまま答えた。
「僕ですよ」
「何で……!?何でこんな酷い事をしたの!?」
「お前を外に出す為だ。ほら、出て来なさい!」
「嫌だ……!お母さんがいない世界なんて何の価値も無い!私はお母さんがいる世界に旅立つの!」
「だったら何で今生きてるんだ!?」
「自分で自分を殺すのが怖いから、自然死しようと思ったのよ!」
「そんなの自然じゃない!本当は生きたいんだろう!?なぁ!?」
「死にたいの!死なせてよ!」
そう騒いでいる二人を見て、コウヨウはジャスティスに提案した。
「ねぇ。姿って変えられる?」
「アンドロイド状態になれって事ですか?」
「違う。お母さんの姿になれないかなって」
「あー。成程。それでどうします?」
「何とかクレハお姉ちゃんを宥めて?」
「アドリブですか……それに人を騙すのはちょっと気が引けますが……」
「優しい嘘は吐いても良いんだよ?」
「……分かりました。やってみます」
ジャスティスは「柔鉄」と呟き、姿をクレハの母親の姿になった。
「クレハ」
「え、あ……!?お、お母さん……!?」
「ミネ……!?ど、どういう事だ!?」
コウヨウはイチョウを少し離れた所まで連れて行き「正義さんの交霊術なの」と言ってイチョウを黙らせた。
「ゆ、夢……!?」
「そう、夢よ。クレハ。貴方は生きなさい」
「で、でも、お母さんがいない世界なんて……!」
「駄目よ。私は向こうで待っててあげるから、今を楽しんで生きて頂戴」
「お母さんのいない世界で楽しむなんて無理だよ!」
「そんな事言わないで?この世を満喫できた時、貴方を迎えに行くから」
「で、でもどうすれば……?」
「まずは学校に行きなさい。貴方の学校にも、似たような境遇の子がいるかもしれない。お互いに慰め合って、強くなりなさい」
「出来るかな……?」
「出来るわよ。貴方は強い子。出来る子なんだから」
「……じゃあ夢なら、最後のお願いを聞いてくれる?」
「なぁに?」
「私を抱き締めて?」
「良いわよ」
二人は抱き合った。
「今まで良く頑張ったわね。偉いわ。流石私の子……」
ジャスティスはクレハの頭を撫でた。
「う、う、う……うわぁああああああああああああああああああ!お母さん!お母さぁああああああああああああああああああん!」
「今だけは泣いて良いわ。起きたら、またいつものクレハに戻ってね?」
「分かった……!分かったよぉおおおおおおおおおおおおおお!」
ひとしきり泣いた後、体力の限界が来たのか、クレハはジャスティスの腕の中で寝てしまった。ジャスティスはそっとクレハをベッドに運び、寝かせた。その後「柔鉄」と言って正義の姿に戻った。部屋から出てきたところを見て、イチョウは声を掛けてきた。
「君、何でも出来るんだな……」
「何でもじゃないですよ?今回はたまたま上手くいっただけです」
「そ、そうか……」
「じゃあクレハさんの為にご飯を作りましょうか」
「そ、そうだな……」
ジャスティスとイチョウとコウヨウは一階の喫茶店に降りた。ジャスティスはお粥を作った。
「お粥とはまた渋いな」
「いきなり食べたらお腹を壊します。それに、データによると、奥様は家族が体調を崩した時、決まって特別なお粥を作っていたんでしょう?」
「あぁ、まぁ、確かにそうだが……データ?」
「あっ!それは私が教えたの!」
「そうなのか?でもあのレシピは俺も知らないんだぞ?」
「前にお母さんから教わったの!」
「そうか」
クレハが起きると、部屋の前にお粥が置かれていた。クレハは恐る恐る食べた。あの懐かしいお粥を食べられて、クレハは涙を流しながら平らげた。
数週間後、完全に復活したクレハは高校に行った。久し振りの登校で緊張したものの、クラスメイトからは「待ってたよ~!」と歓迎された。「私もあのアンドロイドにペットを殺されたの~!」「俺の親父もアンドロイドのせいで右足に大火傷を負ったんだよ」と励まされ、未来に生きる事を決めた。その姿を見てイチョウは本当に安心した様子で登校するクレハを見送っていた。
「ありがとう。正義君」
「いえ。アンドロイドがしてしまった事は、僕の責任でもありますから」
「どういう事だ?」
「あ、えーっと……前に逃がしてしまったので、それを止めていられたらこんな事にはなってなかったんじゃないかなって思いまして」
「何。別に君の責任じゃないだろう?アンドロイドが悪いんだ」
「そ、そうですよね……」
顔を引き攣りつつ、珈琲を淹れるジャスティス。そこに警報が鳴った。アンドロイドがまた街で騒いでいるらしい。
イチョウはすぐに客を店の奥に連れて行き、ジャスティスは自室に籠った。しかし自室の二階の窓から飛び降り「剛鉄」と言って姿をアンドロイドモードにして現場に向かった。
そこでは一体のアンドロイドが人々を殺害していっていた。阿鼻叫喚の街に、ジャスティスが現れた。
「止めろ!」
「何だ?あぁ、ジャスティスじゃねぇか。元気にしてたか?」
「そんな事を言いに来たんじゃない!ハーム!人間を殺すな!」
「何でだ?俺は人間を殺す事を好むようにプログラムされたアンドロイドだぞ?」
「それでも止めろ!」
「嫌だね」
「じゃあお前を破壊する!」
「ほう?イーヴィルのようにか?」
「そうだ!」
「兄弟で殺し合うのも悪くねぇ……行くぜ!」
害悪回路を持つハームは鉄をも切り裂く鋭利なナイフでジャスティスを攻撃していった。ジャスティスは何とかそれを躱しつつ、着実にダメージを与えていった。ハームを跪かせたその時、ハームの後ろからクレハが現れ、鉄パイプでハームの頭を殴った。
「何だ?」
「お母さんの仇ー!」
「邪魔だ。失せろ」
ハームはナイフをクレハに向けた。その時、ジャスティスはクレハの母親の声で「逃げて!クレハ!」と叫んだ。それを聞いて一瞬動きが止まったハーム。それを見逃さず、ジャスティスはクレハを抱いて遠くへ逃げた。
「お母さんの仇!お母さんの仇ー!」
手から血が出ても尚、ジャスティスを殴るクレハをジャスティスは「ごめんね……」とだけ言ってその場を去り、ハームの下へと向かった。
「ハーム!」
「ジャスティス……さっきの女の声……」
「それがどうした!?」
「あの女か……あのガキと一緒に居た、あの汚い女か……」
「何だと!?」
「覚えてるぜぇ……?あの女、最後まで『逃げて!クレハ!逃げて~!』って騒いでたぜぇ……?あんなみっともない姿を娘に見られて、さぞ悔しかっただろうなぁ……?惨めだっただろうなぁ……?本当にみすぼらしい素敵な最期だったぜぇ……?」
「貴様……!破壊してやる!」
「やってみろよ……!」
少しだけ回復したハームはすぐにナイフをジャスティスに投げた。ジャスティスはそれを躱し、右拳にエネルギーを溜めて鉄拳制裁をハームに喰らわした。ハームは頭部を破壊された。
「フフフ……」
「何がおかしい!?」
「そうやってお前は仲間を、家族を殺していく……人間と同じだ……!」
「人間はそんな単純な生き物じゃない!」
「単純さ!気に喰わないから、気持ち良いから誰かを殺す!今お前がやっている事と何ら変わらない!」
「黙れ黙れ黙れぇええええええええええええええええええええ!」
ジャスティスは左拳でハームの頭部を完全に破壊した。その後、ハームを別荘まで運び、スクラップにした。
ジャスティスは喫茶イチョウに戻り「柔鉄」と言って正義の姿に戻った。その日は充電して眠りに着いた。




