虚無の海、賢者の福音
東の地平線が、どす黒い紫色の雲に覆われていた。
『エターナル・リライト号』の艦橋に立つアルスの視界に、ついにその「絶望」が姿を現した。
海面を埋め尽くすのは、木造船の常識を打ち破る、鋼鉄の鱗を纏ったゼノス帝国の魔導戦艦。中央には、雲を突き抜け、島一つに匹敵する巨躯を浮遊させる超巨大要塞『終焉の揺り籠』が鎮座している。
「……あれが、世界を初期化しようとする『バグの源泉』か」
アルスは『ソル・レイス』の柄を握りしめた。
要塞の頂点から放たれた黒い波動が、海面を舐めるように広がっていく。その波動が触れた飛沫は、蒸発するのではなく、最初から水が存在しなかったかのように空間から「消去」されていった。
「閣下! 敵、先遣部隊より一斉射撃が来ます!」
ロイの鋭い警告。
帝国の戦艦群から放たれた数千の黒い魔力弾が、放物線を描いてアルスたちの船へと降り注ぐ。それは物理的な破壊ではなく、船という『概念』をバラバラにする死の雨だった。
「サバス、ロイ。……ここからは僕が『理』を書き換える」
アルスは一歩前に出、空中に巨大な幾何学模様の魔法陣を展開した。
前世の分子科学知識と、エルフから受け継いだ神代の術式を融合させた、対・帝国用広域防御魔法。
「『概念修復・事象反転』!!」
アルスの指先から放たれた黄金の光が、船を包む半球状の結界となった。
降り注ぐ黒い魔力弾がその結界に触れた瞬間――。
「……なっ、魔法が跳ね返っただと!?」
帝国の魔導師たちの驚愕の叫びが響く。
消去の波動は、アルスの結界に触れた瞬間にその「ベクトル(方向性)」を反転させ、放たれた元である帝国の戦艦群へと、倍の威力で突き刺さった。
ドォォォォン!!
自分たちの放った「虚無」に呑み込まれ、次々と消滅していく帝国の艦船。
アルスの瞳には、冷静な「修復師」としての計算が宿っていた。
「……理屈は分かったよ。君たちの『消去』は、世界の情報を削り取っているだけだ。……なら、僕はその削られた場所に、新しい『ルール』を上書きするまでだ」
その時、巨大要塞『終焉の揺り籠』から、地響きのような不気味な鐘の音が鳴り響いた。
要塞の正面が開き、そこから一人の男が、黒い翼を広げて現れた。
『ククク……。面白い。情報の賢者よ、貴様の書き換え、どれほどの厚みがあるか試してやろう』
それは、世界樹の裏側で戦った首領の本体。
そしてその背後には、王都から転移させられた、変わり果てた姿の父・レトヴィス伯爵と兄カイルが、帝国の「生体兵器」として浮かんでいた。
「……父上、兄様。……そこまで堕ちたのか」
アルスの傍らで、ロイが静かに剣を抜く。
リィナが調律の鈴を鳴らし、ミーナがその「真実」を記録し、ファランが矢を番える。
海を割るような咆哮と共に、帝国の本軍が動き出す。
世界の存亡を賭けた、海上の決戦が幕を開けた。
いかがでしょうか。
アルスの「反転魔法」による圧倒的なカウンター、そして要塞から現れた首領と、帝国の操り人形となった父・兄との対峙を描きました。




