第四話 孤独な剣聖と、堕ちた一族の咆哮
深夜、王都のレトヴィス伯爵邸。かつてアルスが物置小屋で震えていたその庭園に、今は不気味な黒い霧が立ち込めていました。
エドワードは、愛剣を携えてその霧の中へと歩を進めます。
彼は現在、国王から「王都守護」の密命を受ける一方で、実家の不穏な動きを監視する間者としての役割を完遂しようとしていました。
「……父上。そこにいるのは、分かっています」
霧の奥から現れたのは、当代随一の『剣豪』である父、レトヴィス伯爵。しかし、その姿は一変していました。肌は土色に変色し、全身の血管が黒く浮き出し、その瞳には理性を失った破壊の衝動だけが宿っています。
「……エドワード。お前は……出来損ないのアルスに付き、王を裏切った。……だが、見てみろ。帝国から授かったこの『真の力』を。……これこそが、我らレトヴィスが追い求めた、極致の武だ」
父の背後からは、同じく黒い魔力を纏った長男カイルが現れました。
アルスに敗北し、誇りを打ち砕かれた彼は、帝国の「魔改造(概念上書き)」を受け、もはや人としての原型を失った『狂騎士』と化していました。
「……エドワード、お前も……消してやる……! アルスも……フィリアも……! 聖騎士を笑った奴らは、全員……!」
「……悲しいですね。父上も、兄上も。……剣を、ただの『暴力』へと成り下げてしまった」
エドワードが静かに剣を抜き放ちました。
彼の固有スキル『剣聖』が、周囲の空気をピリピリと震わせます。
アルスから事前に渡されていた「修復された記録」には、父や兄が自らの意志で帝国の甘い誘いに乗り、力を手に入れる代わりに「魂の尊厳」を売り渡した証拠が、冷徹に記されていました。
「……僕は、アルスと約束したんだ。……あの日、マイ様を守れなかった僕が、今度はあいつの創り出した『平和』を、この剣で守り抜くって」
【月下の死闘:一族の訣別】
カイルが咆哮と共に踏み込みます。帝国の「消去」の力を帯びた重厚な一撃。
しかし、エドワードの動きは、もはや人の域を超えていました。
「『剣聖・絶空』――」
斬ったのではありません。エドワードの放った剣気が、カイルの纏う黒い魔力を「剥ぎ取った」のです。アルスから教わった「魔力結合の脆い点」を正確に射抜く、知略に基づいた剣技。
「な、何だと……!? 私の一撃を……受け流しただと!?」
「……兄上。貴方の剣は、重いけれど『空っぽ』だ。……本当の強さは、誰かを慈しむ心の中にしかないって……アルスが教えてくれたんだよ」
エドワードの瞳に宿る銀色の光が、夜の庭園を明るく照らします。
実家の闇を、一振りの剣で照らし出す。
孤独な剣聖は今、自分を縛り続けていた「家」という名の鎖を、自らの意志で断ち切るために、父と兄への最後の一撃を繰り出そうとしていました。




