第1話 深淵からの宣戦布告
聖都マイ・ルミナスの夜空に、不吉な「赤」が走った。
それは星の瞬きではなく、空間そのものが悲鳴を上げ、亀裂から漏れ出した異質な魔力の残滓だった。
領主邸の執務室。アルスは、解析を終えた「神代の羊皮紙」を握りしめ、東の地平を見据えていた。
傍らには、妻となったフィリア、そして記録係のミーナが、これまでにない緊張感を持って控えている。
「……解析結果が出たよ。この世界を『エラー』と見なし、初期化(初期化)を目論む存在……。それがゼノス帝国の正体だ」
アルスの言葉が落ちると同時に、執務室の影が揺らぎ、サバスが姿を現した。その表情はいつもの沈着冷静さを欠き、瞳には薄暗い怒りの火が灯っている。
「閣下……。王都に潜伏させていた私の『同族』より、緊急の報が入りました。……帝国の魔導艦隊が、ルミナス王国の東海岸へ向けて出航したとのこと。その数、およそ三百。……それも、ただの軍船ではありません。存在そのものを『消去』する、一族の禁忌を動力源とした浮遊要塞です」
「……ついに、僕たちの『掃除』を、あちら側から仕掛けてきたというわけか」
宿命の交錯:ロイとエドワードの決意
訓練場では、ロイが父の形見である『双頭鷲の長剣』を抜き放ち、月光に晒していた。
彼の脳裏には、アルスから聞かされた「父の死の真実」が反芻されていた。
(……父上が、アルスの祖父上が戦地で命を落としたあの戦い。……あれも、帝国の『実験』に巻き込まれた結果だったのか)
アルスの解析により、かつてのルミナス王国の内乱や近隣諸国の紛争の多くが、帝国の「世界解体」のためのデータ収集として仕組まれていたことが判明したのだ。
「ロイ、準備はいいか」
背後から声をかけたのは、王都から早馬で駆けつけたエドワードだった。
彼は実家のレトヴィス家を「間者」として監視しつつ、帝国の魔の手が父や兄カイルにまで伸びていることを察知していた。
「エドワード様。……閣下は、今夜にも全軍へ向けて指示を出されるでしょう。……貴殿の父上と兄上も、もはや帝国の『操り人形』として前線に立たされるやもしれません」
「……分かっている。……父もカイルも、力の誘惑に勝てる男たちではない。……だが、だからこそ、僕がこの『剣聖』の腕で、一族の過ちを断ち切る」
二人の最強の剣士が、静かに拳を合わせた。
一人は主を守る盾として、一人は過去を断ち切る刃として。
賢者の宣言:世界の頁を綴じ直すために
翌朝。聖都の広場には、ルミナス、サンライト、そしてシルヴァニアから集まった同盟軍の代表たちが集結していた。
アルスは、伯爵としての礼装を脱ぎ捨て、動きやすい修復師の装束に身を包んで演壇に立った。
「皆に伝えておく。……これから始まる戦いは、領土を奪い合う争いではない。……この世界という『物語』を、ゴミとして廃棄しようとする者たちから、僕たちの『日常』を取り戻す戦いだ」
アルスが『概念修復』を全開にする。
聖都の空に、巨大な魔法陣が展開された。それは前世の「地球」の衛星通信網を模した、三か国を繋ぐ超広域情報共有ネットワーク。
「情報の劣化に屈するな。……理が壊れるなら、僕が何度でも書き換えてみせる。……サバス、ロイ、リィナ、ミーナ、ファラン、そしてハティ。……行くよ。帝国の『終焉』という名のプログラムを、僕たちの手で『幸福な未来』へ上書きするんだ」
アルスの一喝とともに、聖都から光の柱が立ち昇った。
海を越えた先、暗雲に覆われたゼノス帝国へ向けて、賢者の軍勢が今、歴史の最終頁を開くために出撃した。




