エピローグ③:神代の羊皮紙と、青い星の記憶
聖都マイ・ルミナスの夜は更け、領主邸の最上階にあるアルスの書斎には、彼とフィリア、そして記録係のミーナの三人だけが残っていました。
机の上には、エルフの女王エルシィから託された「神代の羊皮紙」が広げられています。
「……アルス様。準備はいいですか? 私の『真理の辞書』で、この羊皮紙の『声』を増幅します」
「ああ、頼むよ、フィリア。……ミーナ、君はその『真実』をすべて記録してくれ」
フィリアが辞書に手を触れると、透明な旋律が部屋を満たしました。アルスは進化を遂げた『概念修復』を、その羊皮紙に刻まれた「読めないノイズ」へと流し込みます。
その瞬間、アルスの脳内に、強烈なフラッシュバックが奔りました。
それは、この異世界の光景ではありませんでした。
鉄の塊が空を飛び、ガラスの塔が並び、人々が手のひらサイズの板を見つめる世界。
――彼がかつて生きた、「地球」の記憶。
「……なっ……!? これは……!」
修復された羊皮紙の上に、浮かび上がったのは古代語でもエルフ語でもありませんでした。
それは、アルスにしか読めない文字。
『世界再構築プログラム:Ver. 0.82(試験運用中)』
『開発元:地球文明・環境修復プロジェクト』
「……アルス様、顔色が……何が書かれているのですか?」
ミーナが心配そうに覗き込みますが、その文字は彼女のスキルを持ってしても「理解不能なバグ」としてしか映りません。
「……フィリア、ミーナ。……驚かないで聞いてほしい。……この世界は、僕が生きていた『前世の世界』が、滅びかけた地球を救うために創り出した……巨大な『シミュレーター』……あるいは『避難先』の成れの果てだ」
アルスの前世の知識が、なぜこの世界の魔法を「科学的」に解読できたのか。
それは魔法がオカルトではなく、かつての地球の科学をベースにした「超高度なプログラム」だったからです。
「……羊皮紙にはこうある。……システムに重篤な『劣化』が発生している。それを修復できるのは、かつての文明の記憶を持つ『管理者候補』のみだと」
アルスがこれまで「修復」してきたのは、単なる本や魔力ではなく、この世界というシステムの「バグ」そのものだったのです。そして、海の向こうのゼノス帝国。彼らが「世界の破壊」を目論むのは、このシステムそのものを強制終了させようとしているからだということも。
「……ゼノス帝国は、この世界を『失敗作』と見なし、初期化しようとしているんだ。……そこに住む人たちの命ごと」
「……そんな……。じゃあ、アルス様は……この世界を『直す』ために呼ばれたのですか?」
ミーナの声が震えます。
「……いいや。……僕はもう、ここの領主で、フィリアの夫で、みんなの仲間だ。……科学だろうとシミュレーターだろうと、ここにある『笑顔』が本物である限り、僕は絶対に壊させない」
アルスは羊皮紙を強く握りしめました。
前世の知識は、もはや単なる「便利な道具」ではなく、この世界という「家」を守るための「鍵」へと変わりました。
その時、夜空の東の果てから、不気味な赤い流星が降りました。
それは帝国からの「宣戦布告」。
世界のシステムそのものを巡る、神代の決戦――第三章の幕が開こうとしていました。




