エピローグ② その2:影の系譜と、深淵の徴(しるし)
聖都マイ・ルミナスの祝祭が終わり、静寂が戻った深夜。
執事のサバスは、主であるアルスから贈られた「一族の系譜の断片」を、月明かりの下で独り広げていました。
かつてサバスは、己の過去に執着していませんでした。辺境伯に拾われる前、物心ついた時から彼の手には「存在を消す」という不気味な力が宿っており、それをただの便利な道具として、主君の影に徹してきたのです。
しかし、アルスが『概念修復』によって復元したその古文書には、あまりにも残酷で、そして巨大な「真実」が記されていました。
「……なるほど。これが、私が『消去』を得意とする理由ですか」
古文書の端に描かれた紋章。それは、絡み合う蛇の尾を断ち切る「逆さの剣」。
かつて数千年前、邪神崇拝者たちが世界の理を書き換えようとした際、それを「無」に帰すことで均衡を保とうとした一族――【忘れられし断罪者】。
彼らは世界の「バグ」を消すための防衛システムのような一族でしたが、そのあまりに強大で不気味な力ゆえに、歴史の表舞台から、それこそ「消去」された存在でした。
帝国の闇と、一族の「残滓」
サバスが古文書を読み進めるうち、その指先が一点で止まりました。
そこには、一族の生き残りが海を渡り、東の巨大国家――【ゼノス帝国】へと流れた可能性が示唆されていたのです。
「……私の同族が、あちら側にいるというわけですか。あるいは、あちらの『皇帝』こそが、我らの一族を道具として飼い慣らしているのか……」
サバスの脳裏に、世界樹の根元で出会った『蛇の抜け殻』の首領の言葉が蘇ります。
『海を越えた先、真の覇者が君臨する地。そこには、貴様が「修復」しようとしている理を、根底から否定する「究極の崩壊」が待っている』
サバスが持つ『虚無の編集』。
もし帝国が、この「存在そのものを削除する力」を軍事転用し、世界のシステムを意図的に破壊しようとしているとしたら。
「……不作法にも程がありますな」
サバスは静かに古文書を閉じ、懐に収めました。
彼の役割は、もはや単なる「アルスの右腕」だけではありません。自分と同じ「消去の力」を悪用する帝国という名の巨大なエラーを、根本から消し去るための「掃除屋」としての宿命が、今、目覚めようとしていました。
賢者の部屋:共鳴する予感
翌朝、アルスの執務室。サバスが淹れた紅茶を一口飲み、アルスは彼をじっと見つめました。
「サバス。……一族のこと、何か分かったかい?」
「……はい、閣下。……どうやら私の掃除道具の出所は、海の向こうにあるようです」
「……そうか。……僕の『修復』と、君の『削除』。……帝国が世界の理を壊そうとするなら、僕たちが協力して、正しい形に書き換えるしかないね」
アルスは机の上に置かれた「神代の羊皮紙」を指先でなぞりました。
サバスのルーツ、帝国の野心、そしてアルスの前世の知識。
バラバラだった「情報の破片」が、一つの巨大な「戦い」へと繋がり始めていました。
「サバス。……次の旅は、君にとっても『自分を取り戻す戦い』になるかもしれない。準備はいいかい?」
「……御意に、アルス伯爵閣下。……我が一族の恥、私が完璧に清掃してみせましょう」
聖都の穏やかな陽光の下で、二人は静かに頷き合いました。
第三章へのカウントダウンは、もう始まっていました。




