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第29話:常識を粉砕する試し撃ち

「……美味い。なんだこれ、めちゃくちゃ美味い……ッ!」


 スラム街の油臭い工房の片隅で、徹夜明けのシドがボロボロと涙を流しながらサンドイッチを咀嚼していた。

 ルナとアイリスが呆れ顔で持ってきた巨大なバスケットの中身は、王都の新鮮な野菜と、昨日の報奨金で買った厚切りのベーコンをふんだんに挟んだ特製サンドイッチだった。ふかふかの白パンに、アイリス特製のマスタードソースが絶妙なアクセントを加えている。


「普段、干し肉と泥水みたいな味の栄養剤ポーションしか口にしてないからね……。君たち、顔面偏差値だけじゃなく料理のスキルまでカンストしてるのか。おいアッシュ、お前絶対、前世で国を三つくらい救ってるだろ……」


 シドの人柄なのかそれとも一緒に徹夜して手甲を作り上げたからか、彼は軽口を叩き僕の方を見る。


「大げさだよ。でも、本当に美味しい。ありがとう、二人とも」

「もうっ。美味しいなら許してあげるけど、次はちゃんと連絡してよね! 怪我人なんだから、心配したんだからね!」


 プクッと頬を膨らませるルナに、僕は「ごめんごめん」と両手を合わせて謝る。

 僕の右腕には、完成したばかりの漆黒の金属鎧――『対爆・零式』が装着されている。ずしりとした重みがあるが、シドが関節の可動域を完璧に計算してくれているおかげで、指先の細かな動きを一切阻害しない。

 むしろ、この極端な『重さ』こそが、これから放つ極大の反動を物理的に抑え込むための錨として機能するのだ。


「アッシュ君。その黒い筒が、アッシュ君の腕を守ってくれる『防具』なんですね」

「ああ。アイリスの盾が敵の攻撃から僕たちを守るものなら、これは『僕自身の反動』から僕を守るための専用の盾だ。……シド、腹ごしらえが済んだら、早速ギルドの演習場に行こう。計算上は完璧でも、実戦でどれだけ反動を殺せるか試さないと」

「当然だ! 僕の可愛い最高傑作の初陣、この目で見届けないわけにはいかないからな!」


 徹夜の疲労など微塵も感じさせないギラギラとした目で、シドが額のゴーグルをガチャリと下ろした。


 僕たち四人が向かったのは、王都の外縁部に位置する冒険者ギルド直轄の『Aランク専用演習場』だ。

 広大なすり鉢状の荒野には、高位魔法の威力を測定するためのまとがいくつも設置されている。その中でも僕が選んだのは、演習場の一番奥にある『対攻城兵器用・複合魔装甲』だった。純度100%の魔鉄と飛竜の鱗を何層も重ねて作られた、王都の脳筋鍛冶師たちが「絶対に破壊不可能」と豪語する分厚く巨大な黒い壁だ。


「さあアッシュ! 思い切りやってみろ! 君の『貯蔵』の出力を限界まで引き上げて、僕の計算ロジックをぶん殴ってみせろ!」


 安全圏まで下がったシドが叫ぶ。

 ルナとアイリスも、期待と不安が入り混じった表情で僕の背中を見守っていた。


「……その前に、少し準備が必要だ。空っぽになったタンクを補充しないと」


 僕は的から三十メートルほど離れた位置に立ち、左手で腰のポーチを探った。

 取り出したのは、報奨金で買った深い蒼色に輝く親指大の『高純度魔力石』の束だ。昨日のレオン戦で、僕の『貯蔵』のタンクは文字通りスッカラカンになってしまっている。


「――『貯蔵ストック』」


 僕が自身の固有能力を起動した瞬間、魔力石から放たれていた蒼い光が、まるで水が吸い込まれるように僕の右腕を経由して体内へと一気に流れ込んでいく。

 パキンッ、パキンッ!

 限界まで魔力を吸い尽くされた石が、次々とただの灰色の砂となって僕の指の隙間からこぼれ落ちていく。


「お、おい嘘だろ!? あれだけの高純度魔力を、杖の触媒も通さずに直接取り込んでるのか!? 普通の魔術師なら魔力回路が焼き切れて爆発するぞ!!」

「僕の能力は『貯蔵』だからね。体の中というより、別の次元にある底なしの倉庫に直接放り込んでる感覚なんだ」


 シドが信じられないものを見る目で驚愕する中、僕はそのまま引き出した魔力を自身の肉体へと循環させる。


「――肉体保護展開コーティング


 僕の全身を、不可視の強靭な魔力膜が覆い尽くす。

 よし、これで魔力の補充と、肉体の保護は完了だ。


「次は、弾の装填だね」

「弾? アッシュ君、魔鉄ならさっきポーチから……」

「いや、魔鉄に付与するための『運動エネルギー』の方さ。こっちのタンクも空っぽだからね。魔力と違って、こっちは物理的にチャージするしかないんだ」


 僕は振り返り、真剣な顔でアイリスを見た。


「アイリス。君のその重盾で、僕を全力で殴ってくれないか」

「…………はい?」


 アイリスがポカンと口を開け、数秒遅れて顔を真っ青にした。


「な、ななな何を言ってるんですかアッシュ君!? 私のシールドバッシュを無防備で受けたら、骨が粉々になっちゃいますよ!?」

「大丈夫、今さっき限界まで魔力コーティングを張ったからノーダメージだ。君の全力の攻撃の『運動エネルギー』だけを、僕の『貯蔵』に直接吸い込んでストックする。あの分厚い的をブチ抜くには、アイリスの全力のバッシュ十発分くらいのエネルギーが必要なんだ」

「で、でも……っ!」

「あははっ! さすがアッシュ、頭おかしいね! アイリスが無理なら私が蹴ってあげよっか!?」

「ルナちゃんはストップです! 分かりました……っ、やります! やりますから! 目を閉じててくださいね、アッシュ君……!!」


 半泣きのアイリスが重盾を構え、僕に向かって助走をつける。

 ドゴォォッ! という鈍い衝撃音が響き渡り、シドが「ひっ!?」と悲鳴を上げたが、僕の体は一歩も後ろに下がらなかった。

 アイリスの放った莫大な運動エネルギーは、僕の肉体を破壊する前に、そのままスッポリと僕の『貯蔵庫』へと吸い込まれていったのだ。


「よし、いい感じだ。アイリス、あと九発お願い!」

「うぅぅ……アッシュ君のバカぁ……っ!!」


 半泣きでシールドバッシュを連打するアイリスと、横で「私も蹴りたい!」と騒ぐルナ。そして「お前ら全員どうかしてるぞ……」とドン引きするシド。

 十分後。僕の『貯蔵』のタンクには、アイリスの全力が込もった莫大な運動エネルギーが、たっぷりと満たされていた。ルナのキック3発分も。


「さて、お待たせ。本番だ」


 僕は再び的を見据え、ポーチから手のひらサイズの円柱型に加工した『魔鉄(弾丸)』を取り出した。

 普段の戦闘なら、貯蔵した運動エネルギーを全身に分散させて「超加速」による回避機動を取る。だが、あの分厚い装甲を正面からブチ抜くような極大出力を出すためには、すべてのエネルギーを局所に集束させる必要がある。

 僕は、ストックした莫大な運動エネルギーを全身に回すのではなく、右腕のみに極限まで圧縮・集束させ、握り込んだ魔鉄に直接付与していく。

 強烈な負荷によって、手の中の魔鉄が限界を迎え、ミシミシと悲鳴を上げ始めた。

 昨日のレオン戦では、この反動リコイルが魔力コーティングの上限をあっさりとぶち破り、僕の腕を破壊しかけた。

 だが、今は違う。

 僕の右腕には、この致死量の反動を殺し切るためだけに作られた、狂気の機能美がある。


出力(リリース)……!!」


 僕は右腕を正面に突き出し、魔鉄に付与した極限の運動エネルギーをゼロ距離で解放した。

 ドゴォォォォォォォォォッッ!!!

 演習場に、落雷のような轟音が叩きつけられた。

 僕の手から放たれた魔鉄は、音速を置き去りにした一筋の閃光(質量兵器)となり、三十メートル先の『絶対に破壊不可能』と言われていた巨大な複合魔装甲の中央に激突。

 衝撃波がすり鉢状の荒野を駆け抜け、土煙が竜巻のように舞い上がる。王都の鍛冶師たちが威力と硬さへのプライドをかけて作り上げた分厚い装甲は、まるで薄いガラス細工のように粉微塵に吹き飛び、跡形もなく消滅した。

 ――しかし、僕が驚愕したのは、その圧倒的な破壊力ではない。


「……嘘だろ」


 僕の右腕は、完全に無傷だった。

 魔鉄を放った瞬間、僕の魔力コーティングを突破しようとした致死量の反動エネルギー。それが骨や筋肉に到達するより一瞬早く、ガントレットの内部に仕込まれたシド特製の『非流体魔法陣』が超硬化し、衝撃を完璧に分散・吸収したのだ。


 そして次の瞬間。

『プシュウゥゥゥゥッッ!!』

 手首の関節部分に設けられた斜め四十五度の排気スリットから、吸収しきれなかった余剰エネルギーと摩擦熱が、真っ白な蒸気となって勢いよく噴き出した。


「あはははははっ!! 見たか! 見たかアッシュ!!」


 土煙が晴れる中、シドが腹を抱えて狂ったように笑い声を上げた。


「完璧だ! 流体魔法陣の硬化タイミングも、排気シリンダーの減圧率も、計算式ロジックと寸分の狂いもない! 君のそのイカれた反動を、僕の技術が完全にゼロにしてみせた!!」

「……ああ。凄すぎるよシド……!」


 僕は真っ白な蒸気を上げる漆黒のガントレットを装着した右手の指を、ゆっくりと開いては閉じた。

 痛みはない。骨の軋みもない。

 これなら、一発撃って腕が使い物にならなくなるようなことはない。


「アッシュ!!」

「アッシュ君……!!」


 ルナとアイリスが、安堵の表情を浮かべて僕の元へと駆け寄ってきた。


「凄いよアッシュ! あの分厚い的が粉々になっちゃった! なのに、アッシュの腕、全然痛そうじゃない!」

「ええ……本当に良かったです。これでアッシュ君が、自分の力で傷つくことはなくなったんですね……!」


 アイリスの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 ずっと僕の無茶な戦い方を一番近くで見て、心を痛めてくれていた彼女たちだからこそ、この「反動を殺すだけの筒」がどれほど価値のあるものか、痛いほど理解してくれているのだ。


「ああ。これでもう、躊躇はいらない」


 僕はまだ熱を持っている漆黒のガントレットを見つめ、力強く拳を握りしめた。

 魔法の威力を盲信し、硬さばかりを求める王都のエリートたちには、決して理解できない強さ。魔力と運動エネルギーの完全な分離と一点集束、それをノーリスクで支える極限の機械工学。

 僕の能力ロジックと、シドの技術。

 このガントレットがあれば、これから先、どれほど理不尽な魔獣が相手だろうと、どんな規格外の迷宮だろうと、僕は100%の力で彼女たちの隣に立ち続けることができる。


「よし! 実証実験は大成功だ! あとは対魔獣で試してみるか!アッシュ!」

「そうだね。この後ギルドに行って、もってこいの依頼を受けることにするよ」


 秋晴れの突き抜けるような青空の下。

 王都の底辺から這い上がった僕たち異端児のパーティーは、かつてないほどの絶対的な自信と、確かな希望に満ち溢れていた。

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