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第27話:残酷な宣告と、異端への案内状

 王都のメインストリートは、突き抜けるような青空の下、活気に満ち溢れていた。

 だが、市場での買い物を楽しむ前に、僕たちが真っ先に向かったのは、ギルドが提携している王都でも有数の治癒院だった。


「――よし。これで皮膚の裂傷と、筋肉の断裂は完全に塞がった。骨のヒビも魔力で繋ぎ合わせている」


 白衣を着た年配の凄腕治癒術師が、僕の右腕を覆っていた淡い光(回復魔法)をスッと収めた。

 赤黒く腫れ上がっていた右腕は、魔法の力によって見事なまでに元の肌色を取り戻している。恐る恐る指先を動かしてみても、今朝までの脳髄を焼くような激痛は嘘のように消え去っていた。


「ありがとうございます! よかったね、アッシュ君……!」

「うん! これでまた、一緒に戦えるね!」


 アイリスとルナが、ホッと胸を撫で下ろして満面の笑顔を見せる。

 だが、治癒術師の顔はひどく険しいままだった。彼は僕の真新しい皮膚を指で押し込みながら、低く重い声で告げた。


「嬢ちゃんたち、喜ぶのは早いぞ。……坊主、お前さん、自分の腕に一体どんなデタラメな負荷をかけた? 」


 怪訝な顔をする彼に対し、僕は自分の能力と昨日の戦闘を説明する。


「やはりな。表面上は治せたが……骨の髄や魔力回路の深部にまで蓄積された見えないダメージまでは、今の魔法技術では治しきれん」


 その残酷な宣告に、ルナとアイリスの笑顔が凍りついた。


「警告しておく。坊主の右腕は今、ガラス細工と同じ状態だ。次に同じように『コーティング上限を超える反動』を右腕にかけたら……その時は、内側から完全に腕が弾け飛ぶ。私の魔法でも、失われた腕までは生やせんぞ」


 治癒院の空気が、一気に重く冷たくなる。

 二人は真っ青になり、僕の右腕を痛ましそうに見つめた。

 だが、僕は静かに痛みのない自分の右手のひらを握り込み、「……分かっていたことです」と短く答えた。

 治癒術師は僕の決意を秘めた瞳を見ると、小さくため息をつき、「無茶だけはするなよ」とだけ言って治療費を受け取った。

 治癒院を出た後、重くなりかけた空気を払拭するように、僕たちは市場の散策へと繰り出した。

 魔法のおかげで両手が自由に使えるようになった僕は、二人の買い物の荷物持ちだ。心配するような顔をしていたが、本当にもう痛みがないとわかると安心した顔に変わっていた。石畳の両脇には色とりどりの天幕を張った露店がひしめき合い、香辛料のツンとした匂いや、甘く焦げた焼き菓子の香りが風に乗って鼻腔をくすぐる。


「わぁっ! アッシュ、アイリス! 見て見て、この服すっごく可愛い!」


 大通りの一角にある高級な仕立屋のショーウィンドウに張り付いて、ルナが歓声を上げた。

 かつて日陰の存在として扱われ、着の身着のままでやってきた僕たちは、冒険者としての防具や簡素なチュニックしか持っていない。今日の最大の目的は、新居の家具と「まともな私服」を揃えることだった。

 数分後。


「じゃじゃーん! どうかな、アッシュ!」


 勢いよく試着室のカーテンが開けられ、ルナが両手を広げて飛び出してきた。

 彼女が選んだのは、淡い若草色の生地に、細やかな白のレースがあしらわれた軽やかなワンピースだった。動くたびにふんわりと裾が揺れ、彼女の活発さと、万華鏡のように輝く神眼の神秘的な美しさを完璧に引き立てている。

 隣の試着室からはアイリスが控えめに姿を現した。深い紺色を基調とした清楚で上品なロングスカートのドレスを着ており、普段の「鉄壁」の姿からは想像もつかないほど、凛とした女性らしい柔らかな空気を纏っていた。


「全然そんなことないよ。アイリスの落ち着いた雰囲気にぴったりだ。二人とも、王都の貴族のお嬢様って言われても信じちゃうくらい綺麗だよ」

「っ……! あ、ありがとうございます、アッシュ君。私、この服にします……!」


 その後も三人は市場を練り歩き、ふかふかのクッションやラグマットなどを買い揃えていった。


「――おや、あんたたち! 昨日の!」


 果物屋の屋台の前を通りかかった時、恰幅の良い店主のおばさんが目を丸くして僕たちを指差した。その声に反応して、周囲の住人たちも次々とこちらに視線を向ける。


「おお! 間違いない、昨日の夜、大通りで暴走した侯爵の化け物を討伐してくれた若い冒険者たちだ!」

「凄かったよな! あの巨大な魔力の球を、たった三人で防ぐなんて!」

「あんたたちのおかげで、ここら一帯が吹き飛ばずに済んだんだ! 本当にありがとうよ!」


 あっという間に、僕たちは街の人々に囲まれてしまった。

 口々に感謝の言葉を投げかけられ、お代はいいからと籠いっぱいのリンゴや高級な干し肉の束を押し付けられる。気づけば僕の両手は、抱えきれないほどの差し入れで埋まっていた。


「あ、あはは……なんか、凄いことになっちゃったね」

「私たち、本当に王都の英雄になっちゃったみたいです……」


 照れくさそうに笑い合う二人を見て、僕は深く息を吐いた。

 無能だと蔑まれていた僕たちが手に入れた、この温かい人々の笑顔と居場所。これを守るためなら、やはり僕の右腕の一本や二本、安い代償だったと心底思える。

 ――だからこそ、だ。


「……ルナ、アイリス。二人には悪いんだけど、午後は別行動を取ってもいいかな」

「え? アッシュ、どこか行くの?」

「うん。僕の『貯蔵』の出力に耐えるための、外部装甲ガントレットを作ってくれる技術者を探したいんだ」

 

 僕が真剣な顔で告げると、二人は力強く頷き、「無理はしないでね」と僕を見送ってくれた。


二人と別れた僕は、足早に武具の工房や鍛冶屋が軒を連ねる『職人区画』へと向かった。

 カンカンと鉄を打つ音が響き渡る通りで、僕は王都でも一番の腕を持つと評判のドワーフの鍛冶屋の暖簾をくぐった。


「頼みがある。右腕を覆う頑丈なガントレットを作って欲しいんだ。魔鉄を撃ち出すための火力(運動エネルギー)は僕自身の能力で付与するから、武器の側に攻撃力はいらない。ただ、発生する反動が凄まじいから、排気孔の角度や内部のバネ、あるいは高位の魔法陣を『衝撃吸収のクッション』として使って、威力を相殺する機構にしてほしい」


 僕は今朝左手で書き上げた、いびつな筒状のスケッチと、無茶苦茶な物理的欲求が殴り書きされたノートを、屈強なドワーフの親方に差し出した。

 しかし、親方はノートを一瞥するなり、盛大に顔をしかめて突き返してきた。


「なんだいこの子供の落書きみたいなガラクタは。『貯蔵』の能力でわざわざ運動エネルギーを引き出して、ただの鉄の塊を撃ち出すだと!? アホか! なんでそんな非効率な真似をする!」

「だから、その莫大な反動を逃がすために、排気孔や魔法陣を――」

「だいたいな! 魔法陣を『ただの反動吸収』に使うなんて、魔力の無駄遣いにも程がある! 武器ってのはな、強力な敵を倒すためにあるんだ! うちじゃこんな、小手先の自爆防止用の筒なんて作れねえよ!」


 親方はそう吐き捨てて、奥の炉へと戻っていった。

 ……その後も、五軒、十軒と腕利きの工房を回ったが、返ってくる答えはすべて同じだった。

 「純粋な運動エネルギーで戦うなんて非効率だ」「魔法陣を攻撃ではなく反動吸収のクッションにするなどあり得ない」。

 これが、王都の鍛治職人の常識だった。王都の鍛治職人となれば、やはり腕ききが集まるようで、彼らはどれだけ切れ味の良い武器を作れるか、どれだけ軽くて薄く硬い防具を作れるかという自分たちの技術の探究のために槌をふるっている側面も幾分かあるらしい。僕の『能力イグニッション』の仕組みも、ガントレットの構想も、彼らからすれば邪道で理解不能な異端でしかなかったのだ。


「……参ったな」


 夕暮れ時。僕は冒険者ギルドの酒場の隅の席で、1人きりで深くため息をついていた。

 僕の頭の中には、「こんな風に反動を逃がしてほしい」という強烈な理想がある。だが、それを具体的な兵器の形に翻訳してくれる技術者がいない。


「おーい、こんな所で何やってるの? せっかくAランクになったばかりの休日なのに、えらく難しい顔してるじゃない」


 不意に後ろから声をかけられ、振り返ると――

 そこには、見慣れたSランクの重厚な戦闘装束ではなく、淡い色合いの可憐で清楚な私服姿のシルヴィアさんが立っていた。


「シ、シルヴィアさん……?」


 ふわりと揺れる髪と、普段の凛々しい姿からは想像もつかないほど女性らしくて柔らかな雰囲気に、僕は思わず言葉を失った。あの最強の剣士と同一人物とは思えないほどのギャップに頭の処理が追いつかず、ポカンと口を開けて呆けてしまう。


「……おーい、アッシュくん? 聞いてる?」


 顔の前でヒラヒラと手を振られ、僕はハッと我に返った。


「す、すみません! シルヴィアさん、その恰好……すごく似合ってます!!」

「あはは、ありがとう。今日は非番だからね。たまにはこういう服も着るんだよ」


 シルヴィアさんは照れたように少しだけ笑うと、僕の向かいの席にスッと腰を下ろし、手元にあるノートの殴り書きを覗き込んだ。


「で? 何をそんなに悩んでたわけ。……新装備の構想? ふーん……私には細かいことはよく分からないけど、随分と無茶苦茶な要求だね」


 彼女は面白そうに喉を鳴らした。


「自分の能力だけで火力を完結させて、武器には『反動吸収』だけを求める。極限まで自分の能力を引き出すための防具ね」

「でも、王都の鍛冶屋には軒並み断られました。魔法陣をクッションにするなんて魔力の無駄遣いだし、あんまり作るのに気乗りしていない感じがして」

「そりゃそうだよ。彼らは王都一の武器や防具を作るんだっていうプライドがあるから。そのために小手先の武器とか防具とかを嫌うからね。多分アッシュくんの今のアイデアを形にできるのは王都に1人だけじゃないかな」


 その言葉に、僕は弾かれたように顔を上げた。


「……いるんですか!? その技術者が!」

「うん。腕は私が保証するよ。変わり者だけどね……」


 シルヴィアさんは少しだけ困ったように眉を下げた。


「性格が極度の変人なんだよね。王都の小奇麗なやり方が肌に合わなくて、スラム街の入り口に工房を構えて引きこもってるの。まあ、アッシュくんのその『理想のスケッチ』を見せれば、泣いて喜ぶと思うけど」


 シルヴィアさんが羊皮紙の切れ端に、その工房の地図をサラサラと書き込んで僕に手渡した。


「名前はシド。いつも工房にこもりっきりだから多分いると思うよ」


 地図に記された、王都の光が届かない裏路地の奥深く。

 僕の理想と、それを形にする技術。

 僕が求めていた最後のピースが、そこにある。


「ありがとうございます、シルヴィアさん! 早速行ってきます!」


 僕はノートを引っ掴み、シルヴィアさんにお礼を言うと酒場を勢いよく飛び出した。

 目指すは、変人技師の工房。

 僕の火力を100%支えるための最強の盾の産声が、すぐそこまで迫っていた。

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