39/45 潜窟ーダブルスコア
倉田の実家は都心から車で1時間半ほどの海岸沿いにあった
小さな入り江を見下ろす崖の上の家は木造で、子供の頃の記憶より少し小さく見える
すでに住む人はいないが、定期的にメンテナンスされているので簡単な掃除で住めるようになりそうだ
「懐かしいな」
不動産屋の内見のように案内してきた倉田だが、彼自身何年も来ていない
「わぁ、海が見えるよ!」
ナツが歓声を上げた
ダイニングから続く縁側から庭に出ると、昔は海水浴場だった入り江が見える
「あの海で遊んだの?」
「小3の夏休みだったかな、俺の母さんが入院しちゃって倉田のとこで飯を食わしてもらってたんだ」
「そうだった、一日中遊んで真っ黒になったよな」
ナツが庭に降りて行くのを見て神野は倉田に囁いた
「そういえば、おまえの姉さんはどうしてる?」
「姉さん?
俺には兄貴しかいないぞ」
「え? だって、おまえの母さんにそっくりな、すげー綺麗な女の子がいただろ」
「ああ」
倉田はうんざりした声で言った
「それ、兄貴だよ
あいつ母さんにそっくりでさ
子供の頃はよく女の子に間違われてたから、それで俺の友達をからかってたんだ」
「い、あれ、男だったの?」
「カンちゃん、きれいなお姉さんがなんだって?」
いつの間にか庭先からナツが戻ってきている
こういう時は耳が100倍ほど良くなるらしい
「え、ただ、どうしてるかなと」
「もうっ、信じられない!
カンちゃんも一緒にここに来て
仕事はリモートで出来るんでしょっ
感染症のときはフルリモートだったもんね」
「いや、ここはママの方がいいって、何かと」
「ダメ、私がいない間に何するかわかんないもん」
「カンちゃんは浮気者だから~ww」
「倉田はカンちゃん言うな! キモイっ」
結局、神野はナツと二人でしばらくこの家で過ごすことになった
(んふふ、カンちゃん、ちょろっ)
ナツは新婚気分ではしゃいでいるが、医者からは最低1ヵ月は様子を見ろと言われている
つまりその間はに一切手を出せない
神野にとってはちょっとした拷問だ
メディアやネットの中ではナツの事件が必要以上に大きく扱われていた
人気インフルエンサー刺される
選挙妨害、言論封鎖
民主主義への挑戦か
などのくくりでニュースもワイドショーもひとしきり盛り上がった
ナツのライブ配信はテレビでも何十回と再生され、『ナツのド正論』と『ほらそこバカが湧く』はネット流行語大賞にノミネートされる勢いだ
すべて断ってはいるが、ナツへの出演オファーもかなりの数になっている
選挙はもはやお祭り騒ぎとなり、小さな町の市長選とは思えない数の報道陣が連日やってきていた
そして最初に襲われたのが大塚だと報道されて以来、彼の選挙演説には野次馬も含めて二百人以上が集まるようになってしまった
それらを遠い国の出来事のように、神野とナツはポテチを食べながら画面を見ていた
「もうちょっと可愛く撮れてればいいのに」
「十分カワイイよ」
「でも、バカが湧くは言い過ぎたかな」
「あれは強烈だったなw、でも、みんなそのうち忘れる」
「そうだよね
大塚さんは勝てそうかな」
「あれで勝てなきゃ、アホだろ」
神野には満足感も勝利の喜びもない
「…もしかして私、やりすぎちゃった?」
「グッジョブだよ
全部ナツのおかげだ」
「違うよ、カンちゃんたちが頑張ったからだって」
ナツはそう言うが、あの事件と配信がなければ当選ラインに届いたかどうか
「もう、いいんだ
それよりナツに頼みがある」
「なあに?」
「悲しいときはちゃんと泣いてくれ」
ナツの髪を撫でようとして、指がポテチの塩と油だらけなのに気が付いた
神野は笑いながらおでこをコツンとぶつける
「うん」
ナツは小さく頷いた
そして1週間後
大塚は石川にダブルスコアの大差をつけて当選した
(やってらんねぇな)
【余計なお世話書き】
じつは2番目に浮かんだのがこのシーンだったのですが、選挙を舐めてるわけではないんだけど、なんかこんな風に終わっちゃうのかなぁと思ってました。
やってられないよね、ご愁傷様です。




