26/45 開花ー千に一つの無駄もない
市長の孫である石川は当然ながら、祖父の体調がすぐれないことを知っていたはずだ
死なないまでも、いつでも都合のいいタイミングで、体調不良を理由に引退できる状態だったのだろう
(あいつ、それで事務所に現れたのか)
そこで神野に会った
あのとき嫌な予感がしてわざと名刺を出さなかったのだが、神野がどういう立場か気付いたとしたら
(大塚に選挙コーディネーターを雇う余力はないが、ネットで勝負してくると踏んだ
あのフェイク画像は俺を試した?)
ならば、ナツの写真を使った意味もわかる
「大塚さん、ビデオでかけ直します
とりあえずコーヒー飲ませてください」
神野はいったん電話を切ってダイニングに向かった
右手でコーヒーを落としながら、左手でタブレットを操作して、石川のホームページやSNSをチェックする
どれも洗練されたデザインで、リニューアルは今年の1月、本来の市長選のおよそ1年前だ
(けっこう大手に頼んでるな、ホームページだけで100万くらいしそうだ)
ビデオ通話で繋ぎ直すと大塚が渋い顔でコーヒーを飲んでいた
「神野さん、もうやるしかないんですよね」
「想定より早くなりましたが仕方ないです
早ければ30日程度で選挙になります」
「30日? 公選法では50日以内では」
「あちらはすでに準備を整えています
おじいちゃんの体調が悪いのも知っていた
アドバンテージを取るなら早めに選挙をしたいはずです」
「なるほど」
「選管の準備もありますから、それよりは短くならないと思いますけど」
「私はどうしたらいいでしょう?」
「こちらをご覧ください」
神野はメモ用紙にサインペンで書いた記号と数字を見せた
Yー7
Iー4
Tー4
Xー6
Fー5
「これは?」
「あなたのSNSのフォロワー数です
足すといくつですか?」
「えっと26」
「かける10000で?」
「26万!」
「本当は12月までに50万くらいはいきたかったんですけどね」
「これは神野さんのお陰ですね」
「私だけではないです
赤崎さんの力がかなりあります
あのフォローアップ力はウチでも欲しいくらいですよ」
「彼女が…
そうだったんですか」
「というわけで、合算ですがあなたは立派なインフルエンサーです
あと30日間、選挙以外の話なら発信し放題
難しい話をしなくていいです
街へ出て、ネタを拾って、発信する、それだけです」
「いままでと変わりないような」
「市長になる人の話なんですからエビデンスを持たせてください
ぼんやりした理想論じゃなくて、具体性を持って
ああ、釈迦に説法でしたね」
「水道管の修理とか、予算の配分とか言いたいことは山ほどあります」
「いままで蒔いてきた種が花開きますよ
あなたの言葉がいまなら何万という人に届くはずです」
あの風が強い春まだ浅い日
(この人は駅前で叫ぶ私を見ていた
たった5人しかいない聴衆に叫ぶ私を)
「あなた、こうなるのわかってたんですか?」
「当たり前です
私、プロですよ」
もちろんハッタリだ
神野は相変わらず選挙はド素人なのだから
「ああ、そうでしたねw」
何度も聞いたこの台詞に大塚は笑った
「伏線回収のお時間です」
(そうだよ、俺が狙ってたのはこれだ
あんたをインフルエンサーに仕立てることだよ)
今日はおおらかに笑う神野を見て大塚は思う
(きっとこの人は逆風を追風に変える
それでなくては勝てやしない)
そして神野は
(踊ってくれよ、俺と一緒に)
モニターの中に派手なパーティーが始まるのが見えていた
【余計なお世話書き】
地道に泡沫候補を育ててギリですがインフルエンサーにするという戦略でした。
意外と真面目な神野くんです。
地方都市ならこれで十分戦えると踏んだわけですが、締め切りが急に半年早くなるって、普通は間に合わないんですけど、どうする気でしょ。




