タランの喩え
ミリの拒否に、タラン・コウグ次期公爵は明らかに顔を蹙めた。
「いいか?物事は上流から下流に流れるのだ」
前日に自分が使者に向けて言ったのと同じ様な事を言われて、ミリはどう返すかに少し迷う。結局ミリは言葉を返さず肯きもせずに、タランの次の言葉を待った。
「途中を飛ばしたり逆流したりするのは、非常に危険であるとは教わっていないのか?」
「はい」
ミリに肯かれるとは思っていなかったタランは、驚きを顔に浮かべる。
「え?・・・教わっていない?」
「はい」
「・・・念の為に言うが、流れと言うのは喩えだぞ?」
「はい」
タランはバルの父ガダ・コードナ侯爵に顔を向ける。
「コードナ卿?デドラ殿に教育を受けたミリと言うのは、この者ではないのか?」
「いいや、このミリだね」
「コーハナル侯爵家のピナ殿に教育を受けたのも?」
「ああ、このミリだ」
タランは再びミリに顔を向ける。
「貴族の家には家格の差がある。コウグ公爵家はコードナ侯爵家より家格が上だ。それは理解しているか?」
「はい」
「それなら何故、次期公爵である私の話を受け入れないと言う判断になるのだ」
「コーカデス領の港町のホテルやレストランの経営に、コードナ侯爵家は関与しておりません」
「なに?そうなのか?」
「はい」
「いや、仮にそうだとしてもだ。仮にもお前はコードナを名乗っているのだろう?」
タランの「仮にも」の言葉にガダは片眉を僅かに上げ、バルの母リルデ・コードナ侯爵夫人は両目を僅かに細めた。
しかしミリは表情を変えずにタランに返す。
「わたくしはお客様を優先する経営を心掛けております。それを守る事は、家名に恥じない為にも必要だと考えております」
タランは首を左右に振った。
「いやいやそうではない。良いか?コウグ公爵家が王妃陛下の実家である事は知っているな?」
「はい」
「詰まりは公爵三家の中でも、先ず重んじられなければならない家なのだ」
ミリはまた肯きも返しもせず、タランの次の言葉を待つ。
ミリがなかなか反応しないので、タランの方が先に待ちきれなくなった。
「うん?私の話を聞いているか?」
「はい」
「それならコウグ公爵家には、王家の次にホテルの宿泊の話を持って来るべきだったと分かるな?」
「ホテルもレストランも、平民の利用を考えています」
「何?!コウグ公爵家より平民を先に泊めると言うのか?」
「先に予約を頂いたのでしたら、そうなります」
「いや、なぜそうなるのだ?いいか?川に喩えるぞ?」
タランは片手をミリの目の前に差し出し、親指と人差し指で幅を作る。
「川をどこまでも遡ると」
そう言いながらタランは、親指と人差し指の幅を狭めながら、手を少しずつ上に上げて言った。
「やがて源流と言うのになる」
タランは手を上げきったところで止める。
「そして源流は一滴の水にまで遡れるのだ」
タランは人差し指を真上に立てた。
「この高貴な一滴が王族だ。そこからこの国の貴族が生まれる。そして」
タランは真上に上げた人差し指に、もう一方の手の人差し指で触れる。最初の人差し指はそのままの位置に留め、後からの人差し指と親指との幅を少しずつ広げながら、手を下げて行った。
「だんだんと高貴さは薄まりながら川幅は広くなり、流れは遅くなって澱んで水は汚れ、そして海に流れ込む」
タランは「ぺし」と音を鳴らして、テーブルに手のひらを載せる。
「ここが平民だ」
タランは「ぺしぺし」とテーブルを手のひらで叩いた。
王都の港に流れ込む川は、生活排水も流される王都の水堀と繋がっている為に、確かに汚れている。しかしコーカデス領の川は海に流れ込むところも綺麗で、ミリはそちらを想像していた。
それにこの国の川の源流はいずれも湧き水で、王都の川も遡れば複数の湧き水に辿り着く。しかしその事をタランに言うと、元が天から落ちる雨だとの話にでもなれば、更に王家の神格化にまで話が広がるかも知れないと思って、ミリは黙っている事にした。
待ってもミリが反応を示さないので、タランは顔を蹙め、話を続ける。
「この汚れた水が逆流してみろ。更に汚れが酷くなる事は分かるだろう?」
「仰る意味は分かります」
「それをお前はやろうとしているのだ」
「その意味では、ホテルもレストランも平民向けのものなのです」
「・・・え?」
タランは目を見開いた。
「お前は何を言っているのだ?」
「ホテルもレストランも、利用者には平民を想定して作りました」
「何を言っている?王太子夫妻を泊めたのだろう?」
「はい」
「平民が泊まる様な部屋に二人を泊めたのか?」
「王族の方に泊まって頂ける品位の部屋を御利用頂きました」
「いや?え?どう言う意味だ?」
「平民でも、王族や貴族の様に扱われる事を体験できる施設として、ホテルとレストランを作ったのです。ですから普段のお客様は平民を想定しています」
「いや、だが、王太子夫妻を泊めたのだよな?」
「はい。お泊まり頂きました」
「その同じ部屋を平民にも使わせると言うのか?」
「はい。平民用ですが王族向けの部屋なのです。ですからお客様が平民でも、逆流とはなりません」
「平民向けのホテルをわざわざ建てたのか?」
「はい。ですので先程のコウグ様の喩えを使いますと、コウグ様に御利用頂くと、コウグ様が汚れてしまう事になります」
ミリにそう言われ、タランは顔を蹙める。
表情を消してタランの反応を待つミリの両脇で、ガダとリルデは笑いを堪えていた。




