商人としての主張
「・・・何を言っているのだ」
タラン・コウグ次期公爵はテーブルを「ぺし」と叩いた。
「跡継ぎが必要なのは、平民より貴族ではないか」
タランの言葉の意味が分からず、ミリの眉根が僅かに寄る。バルの両親であるガダ・コードナ侯爵とリルデ・コードナ侯爵夫人も眉根を寄せた。
「それなのに」
タランがもう一度テーブルを叩く。
「必ず妊娠する手段を平民向けに提供するのはおかしいではないか」
ガダとリルデはタランの言葉に、ラーラの妊娠を結び付けた。
コードナ侯爵家はラーラの妊娠を公表していない。それをタランが知っているとなれば、どこから情報が漏れたのか確かめなくてはならない。
しかしミリは、タランはニッキ王太子妃の妊娠の情報を知ったのではないかと考えた。
タランは王妃の甥で、良く王妃を訪ねているとミリは聞いている。
ただしミリがニッキ王太子妃の妊娠を知っている事は秘密なので、ここは知らない振りをして返すしかない。
「必ず妊娠するとは、何の事でしょうか?」
「コーカデス子爵領のホテルのサービスやレストランの料理の事だ」
「その様に銘打ったサービスや料理を用意してはおりませんが?」
「私に隠すのか?知っているのだぞ?各国から選りすぐりの手段を集めて、必ず妊娠する事が出来ると」
「色々と取り寄せてはおりますから、中にはその様なものも」
「いいや。チリン・コーハナル殿と同じ料理を食べ、同じサービスを受けたら、同じ様に王太子妃殿下も妊娠した事は分かっているのだ」
チリンとニッキ王太子妃の妊娠を知らなかったガダとリルデは目を見開いた。
ミリは目を閉じて息を吸い、目を開いてタランを見る。
「王太子妃殿下とチリン・コーハナル様が妊娠なされたとの発表は聞いておりません。本当でしょうか?」
「知らない訳がないだろう?お前は王家とコーハナル侯爵家から、二人の妊娠のフォローを頼まれている筈だ」
「お二人の妊娠は公表されたのでしょうか?」
「公表も何も、夫婦でコーカデス子爵領のホテルに泊まってレストランで食べたら、妊娠をするのだろう?」
「御夫婦でお泊まり頂くお客様の中には、たまたま御懐妊なさる方もいらっしゃるでしょう」
「いいや、隠すな。私は知っているのだ。妻が妊娠しないと困るのだ。頼む」
タランはミリに向けて頭を一瞬下げた。
「何とか妻を妊娠させてくれ」
「そう、言われましても」
「王家の秘術が効かないのだ。ウィンもサニン王子と歳が離れてしまった。王太子妃殿下が妊娠したとなれば、今度こそ歳近く子供を儲けなければならないのだ。だがウィンの後もずっと、妊娠し易くなると言う方法は色々と試していたのだ。しかしどれも駄目だった。それは王太子妃殿下も同じ筈だ。その王太子妃殿下がコーカデス子爵領に泊まって妊娠したのだ。頼む。私達もコーカデス子爵領のホテルに泊めてくれ。この通りだ」
タランはもう一度、ミリに向けて頭を下げ、今度はそのまま上げない。
ミリは小さく息を吐いた。
「コウグ様。頭をお上げ下さい」
「おお!では!泊めて貰えるのだな!」
ミリは首を左右に振る。
「御予約頂ければお泊めする事は出来ますが」
「何故だ?!私には一刻の猶予もないのだぞ!」
一刻の猶予の意味が分からずに、ミリは少し戸惑ったが、もう一度首を左右に振った。
「いいえ。先ず、王太子妃殿下とチリン・コーハナル様が御懐妊したのかどうかは分かりませんが、ホテルに泊まって頂いたとしても、妊娠なさるかどうかは分かりません」
「何故だ?!二人を妊娠させた方法があるのだろう?!何故それを隠すのだ?!」
「そのお話をどなたから聞いたのかは存じませんが、確実に妊娠をする方法など、我々の元には御座いません。コウグ様に話した方に、良く確認なさって頂いた方がよろしいかと存じます」
「王妃陛下が嘘を言ったと言うのか?」
ミリは目を閉じて少し顔を上げる。そうだとは思っていたけれど、タランが情報の漏洩元として王妃を出してしまった事で、後始末が面倒になった。
ガダとリルデもミリと同じ様に感じる。二人は小さく息を吐きながら、少し顔を伏せた。
ミリは顔を戻してタランを見る。
「王妃陛下がコウグ様に、どの様なお話をなさったのか分かりませんが、本当に必ず妊娠をする方法をわたくしは知りませんし、ホテルにもレストランにも、その様な手段を用意致しておりません」
「あくまでシラを切る積もりか?」
「いいえ。それですので、王妃陛下が仰っているのがどの様な手段なのか、御確認なさる事をお勧め致します。もしそれに該当する事や物をホテルなりレストランなりで提供しておりましたら、コウグ様と奥様にお泊まり頂けました際には、それを提供させて頂きます」
「惚ける気か?」
「いいえ」
ミリは左右にゆっくりと首を振った。
「コウグ様?」
「・・・何だ?」
「もし本当に確実に妊娠する方法があったとしましたら、それを求める方は多いと思いませんか?」
「・・・もちろんだ」
「秘匿する意味もありませんから、求める方に適正な金額で提供する事が出来れば、子供を望む御夫婦がいる限り、利益を産み出せる事になります」
「・・・そうだな」
「わたくしには商人の血も流れておりますので、利益を産み出せる手段を見過ごす事は御座いません。必ず妊娠する方法が実在するのであれば、必ずそれを御提供する事をお約束致します」
真剣な表情でミリはそう言い切る。
タランは真偽を見極める様にミリを見詰めた。そして小さく息を吐く。
「分かった」
「ありがとう御座います」
「だが本当であったら、直ぐに泊めて貰うからな?」
「そこは既に御予約を頂いているお客様を優先とさせて頂きます」
「何?!」
「わたくしに流れます商人の血が、一旦お客様と結んだ約束を反故にする事を許しませんので」
ミリはそう言って、タランに微笑みを向けた。




