タランの来訪
コウグ公爵家の使者がミリを訪ねて来た次の日、コードナ侯爵家にコウグ公爵家から先触れが遣わされた。今度はタラン・コウグ次期公爵がミリを訪ねて来ると言う。
ミリはコードナ侯爵邸に出向き、タランの到着を待った。
コードナ侯爵邸に着いたタランは、応接室に通される。ドアを潜ると直ぐに、バルの父ガダ・コードナ侯爵が声を掛けた。
「自ら謝罪に来るとは感心だね、タラン殿」
「・・・コードナ卿」
先触れには謝罪の話など持たせてはいないし、謝罪に来た積もりではなかったタランは顔を僅かに蹙める。
ガダの隣にはミリが立ち、その隣にバルの母リルデ・コードナ侯爵夫人が立って、ミリはガダとリルデに挟まれていた。
「ようこそ、タラン殿。お久しぶりですね」
リルデは微笑みをタランに向ける。
「ええ」
タランは僅かに顎を上げて一言だけリルデに返した。気分の悪さがタランの表情に滲む。
それに構わずに、ガダがミリに顔を向けた。
「ミリ。彼がタラン・コウグ殿だ」
そう言ってガダはミリにタランを手で示す。そしてガダはタランに顔を向けて、表情で名乗りをタランに促した。
タランはまた顔を僅かに蹙めながら、ミリに顔を向ける。
「コウグ公爵タモンの長男、タランだ」
ミリはタランに向けて、上位貴族への礼を取った。
タランは僅かに蹙めた顔のままで、息を吐いて一拍置く。
「・・・お前の名は?」
タランはミリに名乗りの機会を与えたけれど、タランが「君」ではなく「お前」と言った事に、ガダとリルデの片眉が上がった。
その事にミリは構わずに、タランに名乗り返す。
「はい、タラン・コウグ様。コードナ侯爵ガダの三男バルの長女のミリ・コードナと申します。お目に掛かれて光栄です」
「私の自慢の孫だ」
ガダが孫を強く発音した。前日にリルデが同じ様にした事は、コウグ公爵家の使者には通じなかったけれど、タランは意味を理解して、また顔を僅かに蹙める。
そしてタランはガダにもミリにも何とも返さない。それを返せないのだと受け取って、ガダとリルデは表情に笑みを滲ませた。
「さあ、座ってくれ」
着席を促すガダの声にも、タランは顔を僅かに蹙める。
タランの向かいにミリを挟んでガダとリルデが座る。
この場の顔触れであれば、ガダとリルデだけ座ってミリを後に立たせるのが通常だが、タランが訪ねて来たのはミリなので、ミリも着席をした。
しかし普通なら、ガダが中心で左右がリルデとミリだ。それなのにミリを真ん中にしている。これはミリに向けた言葉でも、ガダとリルデが受けて立つとの意志表示だった。
そしてそれはタランにも正しく伝わり、タランはまた顔を僅かに顰める。
どちらから話を切り出すか、僅かな時間の探り合いが起こり、先ずはガダが口を開いた。
「書面での抗議に対して、書面ではなくこうしてタラン殿自ら頭を下げに来てくれるなど、上に立つ者として立派な事だ」
タランはガダの言葉に、明らかに顔を蹙める。
「勘違いは止めて欲しい、コードナ卿」
ガダは眉間に皺を寄せてみせた。
「うん?勘違いか?」
「そうだ。今日はコーカデス子爵領への船の乗船券を受け取りに来たのだ」
ガダが小首を傾げてみせる。
「タラン殿は昨日の、コウグ公爵家に我がコードナ侯爵家から送った抗議の手紙には、目を通していないのか?」
「昨日の事で抗議があるのはこちらだ。船には乗せずにホテルにも泊まらせないとは、一体どう言う事なのだ」
謝る気のないタラン相手に、昨日の事をこれ以上遣り取りしても時間の無駄になるだろうと、ガダもリルデも感じた。それならさっさと話を進めて、さっさとタランを帰らせた方が良い。
二人はお互いを見て目を合わせ、そして一緒にミリに視線を向ける。
ガダもリルデもミリを守る積もりだけれど、目の前のタランの様子ならミリに任せても大丈夫で、自分達が口を挟む迄の事もないと二人とも判断した。
ミリはタランに向けて、用意していた資料を見せる。
「こちらが現在のホテルの予約の空き状況になっております」
タランは資料にちらりと視線を送ると、わざと音が鳴る様に指を広げた手のひらを「ぺし」と資料に載せた。
「・・・なんだこれは」
「本日の時点では、その日以降でしたら御予約頂けます」
タランは手を一旦持ち上げて、また「ぺし」と音が立つ様に資料の上に落とす。
「話を聞いていないのか?私は明日の船の話をしているのだ」
「なるほど、そうでしたか。タラン・コウグ様は使者の方から、予約に関してのお話を聞いていらっしゃらない様ですので、改めて御説明致します」
「違う」
タランは「ぺしぺし」と資料を二度叩いた。
「明日の船の乗船券を渡せと言っているのだ」
そう言ってタランはもう一度資料を叩く。
ミリは表情を変えずに言葉を返した。
「明日、コーカデス領の港町に向かう船が王都から出航致しますが、そちらは既に他の方に御予約を頂いております」
「だから」
そう言いながらタランは、今度は声に合わせて三度資料を叩く。
「その予約を私に寄越せと言っているのだ」
「お断りさせて頂きます」
「・・・何だと?」
「お断りさせて頂きます」
ミリは綺麗にもう一度繰り返した。




