使者の言い分
ミリがコウグ公爵家からの使者と会う席には、バルの母リルデ・コードナ侯爵夫人も同席する。
リルデはミリの前に立って、応接室に入った。
「お待たせしました」
「いいえ、大丈夫です」
お待たせしましたとは、先触れも出さずに訪ねて来た使者へのリルデの嫌味であったが、先触れを出さずに来るくらいだから使者には通じていない。
「こちらが孫のミリです」
リルデが孫を強めに発音した事も使者に通じてなさそうで、ミリは警戒を強めた。
「ミリ・コードナです。わたくしに御用とか」
「ええ。我がコウグ公爵家の御嫡子タラン様とその奥様ハッカ様が、コーカデス子爵領の港町に出来たホテルに泊まります。その連絡です」
「そうですか。ありがとう御座います。では予定を確認しまして、御予約頂ける日程を後程連絡させて頂きます」
「後程?いえ、それには及びません。ソロン王太子夫妻も利用した船が、王都の港から明後日出発する事はこちらで調べました。それで向かいます」
そう言う事かとミリは、使者の考えを理解した。
「明後日の船にはコウグ公爵家の方には予約を頂いておりません」
「予約?何を言っているのです」
予約をしているのは侯爵六家に所縁の人々で、ミリはどの家からもコウグ公爵家に予約を譲るとの連絡を受けていない。ミリはちらりとリルデを見るけれど、リルデも訝しげな様子なので、その様な話を聞いていないだろうと判断する。
使者は憮然とした表情を浮かべた。
「次期公爵のタラン様夫妻がホテルに泊まって差し上げようと言うのです。その意味が理解出来ませんか?」
「御利用をお申し込み頂き、光栄に存じます。ですので予定を確認しまして、ホテル毎、コース毎に御予約頂ける日程を御連絡させて頂きます」
「いいえ。明後日の船で構いません」
「明後日の船は他の方々が予約をしていらっしゃいます」
「ふっ。ですから既に調べていると言っているではありませんか」
「何をでしょうか?」
「何をも何も、明後日の船には王家の方達は乗りませんよ。調べて御覧なさい」
「はい。その通りですが、それが何か?」
「何か?何かではないでしょう?」
「何を仰りたいのでしょうか?」
使者が言いたい事は分かっているけれど、それをミリから言い出す事はしない。
使者はわざとらしく溜め息を吐いた。
「はあ。やはり、噂と言うものは当てにはなりませんね」
「何の噂でしょうか?」
「ミリ・コードナ殿は才媛だとの無責任な噂が流されている様ですけれど、あくまでも未就学者に対しての評価の様です」
使者の言葉に、リルデは笑いを堪える。言うと思った、とリルデは思っていた。
「良いですか?公爵家は王家に次ぐ家格です。王族には譲りますが、侯爵家以下は公爵家に譲るのです。明後日の予約をしている者達が王族ではない限り、タラン・コウグ公爵令息が望むと言えば、その者達はたとえ予約をしていても、それを譲るのです。確認する迄もありません」
「念の為にお訊きしますが、コウグ公爵家の方でそれらの方々に、確認している訳ではありませんね?」
「ですから、確認する迄もないと、言っているではありませんか」
ミリはふっと体の力を抜く。もし無理矢理予約を横取りされていたら、面倒臭い事になると思ったけれど、そうではなさそうだった。
「それではわたくしからの回答は同じです」
「同じ?」
「はい。予定を確認して、ホテル毎、コース毎に御予約頂ける日程を御連絡致します。船に付いての予約状況も合わせてお知らせ致しますので、それを元に御検討下さい」
「何を言っているのです?」
使者の眉間に皺が寄る。
「少しお待ち下さい。今申しました事を手紙に認めますので、こちらからの回答として、タラン・コウグ様にお渡し下さい」
「いや、何を言っているのです?コウグ公爵家ですよ?」
「はい」
「次期コウグ公爵のタラン・コウグ様と、コウゾ公爵家から嫁いでいらっしゃったハッカ・コウグ様の御夫妻が、利用して差し上げると仰っているのですよ?」
「はい。ありがとう御座います」
使者の眉間の皺が深くなった。
「いや、いやいやいや。ありがとうではありませんよ。予約をしろとは何事ですか」
「幸いな事に、オープン間もないのですが、既に多くの御予約を頂いておりまして」
「それがおかしいでしょう?まず最初にコーハナル侯爵家が利用しているのもおかしいですが、それは元王族であるチリン・コーハナル様だったと言う事なので赦せます。そしてその次が王太子殿下と王太子妃殿下だったのは分かります。ですが王族が続かないのでしたら、次は当然公爵家ではないですか」
「ホテルやレストランのオープンに付いてはまだ公表してはいないのですが、どちらからか情報を知った方達に、ありがたい事にオープン前より御予約を頂いておりました」
「ありがたいではありませんよ。この様な新しい事は、上位の家から広まらなければなりません。その様な事も分からないのですか?」
「流行は上流から下流に流れる、と言う事でしょうか?」
「そうです。それです」
やっと話が通じると思って、使者が眉を開く。
「知っているのなら何故、それを崩す様な事をするのですか?」
「上流から下流と言うのは、流行の広まり方を表した表現で、ルールを示したものではありません」
「何ですって?」
「コーカデス領の港町のホテルを御利用頂くルールでは、他の一般的なホテルと同様に、御予約なさって下さった方を優先致します。急な御利用を望まれた場合には、部屋が空いている場合のみ承ります。船の御利用も同様です」
「・・・それは、コウグ公爵家の利用を拒否すると言っているのですね?」
「いいえ。御予約を」
「コードナ侯爵家としても、それで良いのですね?」
使者はミリの言葉を遮って、リルデに向けてそう言った。
コードナ侯爵家としてはコーカデス商会とは直接の関わりがない。それをミリが口にしようとすると、リルデはミリを手で制し、使者に向かってゆるりと肯いた。
「もちろんです」
「結構。分かりました。主人にはその旨を伝えます」
そう言って立ち上がると、使者は挨拶もせずに応接室を出て行く。
ミリが付いて行くのをリルデは手で止めて、そして我慢していた笑いを漏らした。
ミリからの船とホテルの予約状況を知らせる手紙には、リルデからの使者の言動に対する抗議の手紙も同封されていて、受け取ったコウゾ公爵家は無視をする事は出来なかった。




