サニン王子の提案
ソロン王太子はゆっくりと、目を閉じながら僅かに顔を伏せる。それはミリとレントに向けて、頭を下げる形になった。
「二人には感謝する」
そしてまたゆっくりと顔を上げた。
「これまでの経緯もあるから、今回の王太子妃の妊娠にも、やはり少なからぬ不安は感じていたのだけれど、王太子妃の前ではその様な様子を見せられない。だが、ミリ殿に気に掛けて貰えるのなら安心だ」
ソロン王太子の期待が大き過ぎる気がして、ミリは少し慌てる。
「あの、王太子殿下?助産院からも先生が来るのではありませんか?」
「もちろんだよ。助産師にも来て貰うけれど、チリンからディリオを妊娠した時のミリ殿の事は良く聞かされていたからね。ミリ殿に王太子妃の傍にいて貰えるのは安心なんだ」
「それは、御評価頂き、ありがとう御座います」
頭を下げたミリにソロン王太子は微笑みを向ける。
「ミリ殿を高く評価しているのはチリンだけれどね。でもコーカデス領の滞在時に王太子妃も言っていたから、王太子妃を安心させられる事も、私に取っては安心材料だね」
「御期待に背かぬ様に、誠心誠意努めさせて頂きます」
ミリは頭を更に下げた。その様子に今度はソロン王太子が少し慌てる。
「いやいやミリ殿?時間が許せばで構わないよ?コーカデス卿との交際練習よりは優先してくれるとの事だけれど、コーカデス領の開発の方が優先で構わないし、間もなく学院の入学試験もある。当然その後には学院の勉強もある訳だから。他にも色々とあるのだろうしね」
そう言いながらソロン王太子は、チリン・コーハナル元王女とラーラの妊娠の事も思っていた。
ソロン王太子としては、ミリに母親であるラーラを優先して貰って構わない、と言うかそれが当然だ。そして自分も妊娠しているラーラは、チリンの事をそれ程助けられないだろう。ディリオを妊娠した時と違って、パノは留学しているから、コーハナル侯爵家が頼れる女手は減っている。
それなので、レントとの交際練習よりは優先して貰えて嬉しいけれど、ラーラとチリンの事をニッキ王太子妃より優先して貰って構わない、とソロン王太子は考えていた。
三人から視線を外して一人考え事をしていたサニン王子が、ふっとソロン王太子に顔を向ける。
「父上?」
「うん?なんだい?」
「それでしたらミリ殿との交際練習は、私がするのはどうでしょう?」
サニン王子の言葉に、三人は目を見開いた。
「いや、サニン?何故だい?それでしたらって言うのはどう言う事だい?」
「母上のところに来たり帰ったり、コーカデス卿と会ったり別れたりするより、ミリ殿が私と王宮で交際練習をすれば、母上に何かあっても直ぐにミリ殿に対応して貰えるではありませんか」
「いや、そうだけれど、ミリ殿にも色々と都合があるのだから」
「だからこそ、少しでも母上の近くにいて貰う工夫をするべきなのではありませんか?」
「いいや、そう簡単にはいかないよ」
「何故ですか?私の勉強も手伝って貰って、私と交際練習をして貰えば、殆ど一日中王宮にいて貰えるではありませんか」
「いや、先程の話で、サニンの勉強はコーカデス卿が見てくれる事になっただろう?」
「それはコーカデス卿がミリ殿と交際練習をする為ですよね?ミリ殿は私と交際練習をすれば良いのですから、コーカデス卿はミリ殿より時間に余裕がある令嬢と、交際練習をすれば良いではありませんか」
「ミリ殿にはコーカデス領の開発もあるのだよ」
「ですがそれは本来は、領主であるコーカデス卿の仕事ですよね?」
「コーカデス卿の仕事と言うよりは、開発を請け負ったコーカデス商会の会長としてのミリ殿の仕事と言う事だよ」
「そうだとしても、コーカデス卿は私の勉強を見ている時間があるなら、少しでも領政に時間を使うべきではありませんか?領主なのですし」
「確かにそうではあるけれど、コーカデス卿はサニン、この国の未来を考えて、お前の為に時間を使ってくれると言っているのが、分かっていないのか?」
「ですから、私の勉強の補助はミリ殿にお願いすれば良く、ミリ殿の用事が王宮だけで済むのなら、ミリ殿には移動の手間がなくなります。そしてコーカデス卿は学業と領政を行って、他の令嬢と交際練習をすれば良いではありませんか。特に親しい令嬢もコーカデス卿にはいるとの事ですし」
ソロン王太子はサニン王子に、チリンとラーラの妊娠は教えていない。
コーハナル侯爵家もコードナ侯爵家も、二人の妊娠を公表するのはまだ先の筈だ。早くても安定期に入ってからだろう。
それをここでサニン王子に教える訳にはいかない。ミリもコーハナル侯爵家とコードナ侯爵家に確認しないまま、サニン王子に教える許可は出せない。
ソロン王太子が言葉に詰まっていると、サニン王子はミリに顔を向けた。
「そう言えばミリ殿は今、コーハナル侯爵邸に滞在しているのだよね?」
突然話題が変わり、ミリは警戒しながら肯く。
「はい」
「それなら王宮に部屋を用意するから、そこで暮らせば良い」
「それは駄目だサニン」
強く息を吐きながら顔を伏せて目を閉じて、ソロン王太子は首を左右に振った。




