議論の為の議論の狙い
レントが議論の鉾先をサニン王子からミリに変えて、話をずらして来たのは、議論の足場を作る為だとミリは思った。
レントから見れば現在は、サニン王子とは意見が対立し、対立まではしてはいないけれどソロン王太子はサニン王子寄り。ミリがソロン王太子とサニン王子に従うと言ったので、レントには味方がいない状況だ。
しかしミリがそう言う立場を取る事は、レントには分かっていた筈だとミリは思っていた。
取り敢えずミリはレントの話から更にずらして、自分の足場を作る事にする。
「わたくしがお教えする事に拠って、サニン殿下がわたくしと同じ考え方をすると言うのは、どうでしょうか?」
「そうではないと?」
「わたくしの考え方を学んで頂くだけであり、サニン殿下がそれを使うかどうかは、サニン殿下御自身が選べば良いのだと思います」
「しかし、本日のミリ様の補完の仕方は、サニン殿下の考え方を矯正している様に思えました」
矯正の言葉にサニン王子は目を見張り、ソロン王太子は眉を顰めた。ミリは小さく息を吐く。
「サニン殿下は御自分の意見を述べていらっしゃいました。それに対してわたくしは自分の考えを伝えただけです。矯正と言う程ではないとわたくしは考えています」
「わたくしのイメージする矯正は、正にその様なものです。伸びて行く先にそっと手を添えて、望む方向に進ませる」
「コーカデス卿の意見を汲むと、教育はみな矯正になってしまうのではありませんか?」
「いいえ。事実を与えて因果を考えさせるなら、その考えは教育を受ける本人自身のものになります」
「そうして身に付けた考えに誤りはないと?」
「誤っている場合には、その考えに当て嵌まらない更なる事実を提示すれば良いではありませんか」
「それは結局手を添えるのと同じではありませんか?」
「わたくしはミリ様は確固たる御自分の考えをお持ちだと思っています。ミリ様は御自分が、手を添えられて考え方を学んだとお考えですか?」
「はい」
「デドラ・コードナ様とピナ・コーハナル様とフェリ様の考え方は、同じだったと?」
変なところに話を進める、とミリは思った。そちらはレントには行き止まりにミリには感じられる。
「いいえ。三人三様、と言いますか、わたくしの周囲の人々は、百人百様です」
「ミリ様の考え方は、三人の方達とは違うと?」
「影響は受けてはおりますけれど、別の人間ですので、同じにはならないと思います」
「教えを受けていて、その様な事があるのですか?」
「数学の様なものでしたら、考え方は同じ事もあるとは思います。しかし掛け算を使っても、足し算を繰り返しても、出る答えは一緒ですよね?わたくしが思う考え方と言うのは、足し算を使うか掛け算を使うかの判断をする部分です。数学そのものは誰から学んでも変わらないと思いますが、もしかしたらコーカデス卿はそれを考え方と仰っていますか?」
「数学は仰る通りかも知れません。しかし目の前に立った人をどう見るかなどは違います。身分で見るか出自でみるか、財産で見るか教養で見るか。これは教育を行う者の考えが、教育をされる者に影響します」
「それを言うのなら、身分で見た時に、身分では正しい評価にならない別の事実を提示するのも、矯正になるのではありませんか?」
「それは、例えばどの様な場合ですか?」
それを私に訊く?と思ったミリの眉根が僅かに寄って、目も僅かに細まった。取り敢えず、出自には絡まない例をミリは挙げる。
「同じ爵位でも、領地の財政に差がある場合があります。中には経済状況が爵位の上下と逆転している場合もあるでしょう。爵位で経済力を測っていたら、現地を訪れて比較させる事で、優劣の判断を覆す事は出来るでしょう」
「それを敢えて行わない場合もありますよね?」
「え?・・・ええ」
「事実を並べるけれど全てを並べずに、一部を隠して考えを誘導する。それに付いてはミリ様は、どうお考えですか?」
「・・・コーカデス卿が仰りたいのは、それに惑わされない為に自分で調べる事が重要なのだ、と言う事ですか?」
「はい。仰る通りです」
「それは確かにそうですけれど、中には長い間正しいと信じられていたものが、誤りだと分かる場合もあります。その様なものは自分でどれだけ調べても、正解に辿り着くのにはとても時間が掛かるでしょう」
「そうですね」
「それなので、それらに付いては学者の方達に任せて、我々は事実とされる事を信じて良いのではないのでしょうか?」
「話が始めに戻っている様に思えますが?」
「いいえ。つまり教科書に書かれている事や先生の教えて下さる内容を信じて、補足が必要ならそれを加える。補足は後から自分で気付く事もあります。人類はこれまでそうやって知識を繋いで来たのですから、教え方も学び方もこのやり方に淘汰されて来たのだと、考え方が違っていたとしても、このやり方で学んでいく事が正しいと、このやり方で学ぶ事が結局は近道になるのだと、わたくしは考えます」
「なるほど」
レントが肯いた事にミリははっとした。
もしかしたら誘導されたのかも知れない。学びに近道だとか淘汰だとか、これまでミリは考えた事がなかった。
「分かりました」
そう言ってもう一度レントは肯き、ソロン王太子に顔を向けた後、サニン王子に向き直る。
「サニン殿下の勉強の補足は必要だと、わたくしも納得しました」
サニン王子は驚きを少し顔に出した。
サニン王子にはミリとレントの今の話は、議論の為の議論の様に思えている。二人の言葉は聞き取れるけれど、二人の考えは読み取れていなかった。
それなのでレントが意見を変えたポイントが、サニン王子には全く分からない。
「明日からは、サニン殿下の勉強への補足は、わたくしが行います」
このレントの宣言は、サニン王子もソロン王太子も、もちろんミリも驚かせた。




