補完の理解
勉強会で使用している部屋でそのまま、サニン王子の知識に補完をする事になり、サニン王子の机の傍にミリの椅子が用意される。そして二人を観察し易い場所に、レントの席も移された。
「では、先程の歴史の授業に出ました、過去の災害対応に付いて話しましょう」
ミリの言葉にサニン王子は小首を傾げる。
「災害対応?災害自体ではなく?」
「はい。災害自体と被害状況に付いては、授業で先生が教えて下さった内容に、わたくしから付け足す事は御座いません」
「なるほど」
「本日の授業では、災害復興に十年掛かったとありました」
「そうだね」
「その理由はお分かりになりますか?」
「理由?」
サニン王子の眉根が寄った。
「一年毎に何があったのかと言う質問かな?」
「いいえ。質問を変えます。同じ規模の災害が起こった場合、現在なら何年で復興するとサニン殿下はお考えになりますか?」
「同じ規模なら十年でしょう?」
「それは現在でも同じ対策を取るから、と言う事でしょうか?」
「そうだね。違うのかな?」
「はい。どの様な対策が取られていたか、覚えていらっしゃいますね?」
「被害に遭った領地の税の減免と、復興資材の価格統制。後は被災地に人を集める為の移住奨励金だね」
「はい。それと出産奨励金も国費から支出されています」
「あれ?そうだったろうか?」
「出産奨励金は領地人口の回復の為でしたし、開始が他より遅かったので、今日の授業範囲には含まれておりません」
「人口回復って、移住奨励金もあったのに、人が集まらなかったと言う事?」
「移住奨励金で集まったのは男性が殆どでした。復興に当たって力仕事が多かった為、その時点ではそれでも良かったのですが、歓楽街に勤める女性が増え、その女性達は妊娠や出産を避けていた為、子供の数は増えませんでした。それなので後から、出産奨励金が設けられたのです」
「なるほど。そうするともし、今、同程度の災害が起こったら、最初から出産奨励金を用意するから、復興も早くなると言う事だね?」
「申し訳御座いません。わたくしの説明ミスです」
「うん?どこがかな?」
「その時の出産奨励金は国費の科目としては災害対策費だったので、わたくしは補足致しましたが、復興回復の判断基準には出生率や子供の人口比率は含まれておりません。領地産業の生産能力が災害以前と同様に戻った時点で、復興したとの判断が下されます」
「なるほど。それでは今なら何が違うのかな?」
「復興資材の価格統制は行わないと、判断が下される筈です」
「え?・・・」
「実際にハクマーバ伯爵領の水害対応では、現在までに価格統制は行われておりません」
「それは、でも、復興には資材が多量に必要だから、価格を抑えなければ、資金がいくらあっても足りないでしょう?」
「確かに復興に掛かる金額は上がるでしょう」
「そうだよね?でもそれなら何故?」
「災害が発生すると、普段よりは資材が多く求められます」
「それはそうだよね」
「はい。そうしますと被災地で、普段と同じ価格で手に入る資材は売買されて底を付き、被災地の近隣からは資材がなくなります」
「そうだね」
「そして普段なら買わない遠方から買う事になります」
「それはそうだね」
「遠方から運ぶのには、輸送費が掛かります」
「うん?」
「価格統制を行いますと、輸送費を価格に上乗せ出来なくなります。この為、遠方の資材の売り手はいなくなります」
「え?資材はあるのに売らないの?」
「はい」
「それは駄目だろう?」
「商人達は皆、被災地に売らない様に、在庫を隠しました。売り渋りですね」
「駄目じゃないか」
「そして売り渋りは何も被災地に対してだけではなく、通常の取り引きにも影響して、王国中の資材の価格が高騰しました」
「・・・それで?」
「一度売り渋りが発生するとどこも売り惜しんで、資材の販売に応じません。その間にも価格は値上がりをして行きました」
「・・・ソウサ商会も売り渋ったのかい?」
「ソウサ商会は日用品や食品の販売がメイン業務で、資材などは在庫を持ちません。資材を販売する際も価格に輸送費相当分を上乗せするだけです。それなので指定価格で資材が買い集められませんでしたから、販売も出来ませんでしたが、在庫を隠してはいない事は当時の帳簿でも明らかです」
「・・・商人なのに、儲けるチャンスを見逃したと言うのかい?」
「ソウサ商会は広域で商売をさせて頂いておりますが、必要とされる物を必要とする方の下に適正金額で届ける事を商会の理念としています。投資をする事もありますけれど、買い占めて値段を吊り上げて利益を作り出す事は、過去の帳簿を見る限り、行った事が御座いません」
「災害時の輸送費も、それまでと変えなかったと言う事だね?」
「実際には、馬の飼い葉代なども値上がっていたので、その分は復興資材に限らず上乗せしていました」
「なるほどね。それでは結局、復興資材は集まらなかったのかい?」
「はい。そして流通は止まっていましたが、被災地以外も品不足になっていた為、生産は普段以上に行われました。それらが過剰在庫となって値崩れした為、市場に出回り始めましたが、被災地向けには価格統制がされていた為、それより高く買うところにばかり、資材は売られました。被災地に資材が届く様になったのは、更なる値崩れで市場価格が統制価格を下回ってからです。価格統制が取り消されるまで、被災地では市場価格より高く仕入れる状況になっていました」
「そうなのか。そうすると資材不足で復興期間が長引いて、その間の税収は少なくなってしまったと言うことだね?」
「はい」
「それなら確かに、災害対策としてはもう価格統制は行わないだろうね」
「はい」
「しかし、歴史の授業ではそこまでは習わないのか」
「はい。歴史の授業では、政策の失敗にはあまり言及されません。その失敗理由などは国政の授業で行われますが、学院の貴族クラスには国政の授業はありませんので、サニン殿下も王子教育の中で習われるのではないかと思います。ただし、商人や生産者の動きまで習うのかは、わたくしには分かりませんけれど」
「そうだね。災害時だから普段との違いで、失策が理解し易くになっているのだろうな。国政ほど大きくなると、失策が見え難い気がする」
「各地の領政の失敗なども公開される事はありませんし、政策の評価と人々の経済行動を結び付けて考える機会は、求めないと得られないかと存じます」
「なるほどね」
サニン王子はミリに肯くと、ちらりとレントを見てから立ち上がる。そして子供達を見渡した。
サニン王子が椅子から立ち上がった音で、眠気との闘いから意識を取り戻す子も多かった。
「これがコードナ殿に行って貰っている授業の補完なのだけれど、学院でも習わない話も出るから、聞いているだけだと難しそうだね」
サニン王子にそう言われ、子供達の内の何人かは直ぐに目を伏せる。そしてまた何人かは無意識に肯いて、理解できない事を肯定してしまった事にはっと気付いてから目を伏せた。




