利益と情
ミリは今回王都に戻って来てから、コーハナル侯爵邸に滞在していた。
バルもラーラもコーカデス領に行っているので、実家のコードナ邸には留守番役の使用人しかいない。
コードナ侯爵邸は離れをレントが借りている。建物は別だけれど同じ敷地内に、血縁のない未婚の男女が暮らしていたら、要らぬ噂が広がるかも知れない。
と言う事で、もちろんディリオもいるから、ミリはコーハナル侯爵邸に泊まらせて貰っていた。
そしてコーハナル侯爵夫妻は今、コーカデス領に行っていた。ソロン王太子とニッキ王太子妃の夫妻と入れ替わりに、港町のホテルに宿泊している。
コーカデス領の港町には、他の侯爵家の夫婦も泊まりに行っていた。コーハナル侯爵夫妻と同世代の侯爵夫妻もいれば、バルの長兄ラゴ・コードナとその妻の様に跡継ぎ世代の夫婦もいる。
各侯爵家の夫婦達は、泊まるホテルを交替しながら、港町で交流を深めていた。
その様な訳で今はコーハナル侯爵邸には、ディリオの他にはチリン・コーハナル元王女とその夫スディオ・コーハナルがいるだけだった。
ミリは、レントとの話し合いから戻って直ぐに、チリンとスディオに時間を貰った。
「どうしたの?ミリちゃん?」
「話ってなんだい?」
チリンと並んでソファに腰掛けたスディオがディリオを抱いている。その三人の向かいに座ったミリは、少し困った様な顔をしていた。
「友情と恋情は、やはり別なのでしょうか?」
「え?」
「何の事なの?」
「友情も恋情も好意を含みますよね?」
「う~ん、そうだろうね」
「その好意と言うのは、友情から恋情に変わったりするものなのでしょうか?」
チリンの瞳が輝く。
「それって男性の場合の事かしら?」
「性別に拠りますか?」
「男の子は、友達だと思っていた女の子が、急に眩しく見えたりするのでしょう?」
チリンがそう言ってスディオを見ると、スディオもチリンに顔を向けた。
「話には聞くけれど、どうなのかな?」
「スディオにはなかったの?」
「婚約する迄も、友人の立場ではなかっただろう?」
「え?私?」
「そうだよ」
「婚約してからは?ある日突然、婚約者が眩しかったりしなかった?」
「何をするのかハラハラし通しではあったね。無事に結婚出来た時に、ほっとした事は覚えているよ」
「そうなの?」
「そもそも私には、女性の友人はいなかったし」
「暴動とかあって、交流などは殆ど無かったものね」
「そうだよね」
スディオはチリンに肯くと、顔をミリに向ける。
「それで?誰かに何かを言われたのかい?」
「告白されたの?」
チリンはまた目を輝かせるが、スディオは相手がサニン王子ではないかと心配していた。
元王女のチリンは侯爵家跡取りのスディオと結婚したけれど、サニン王子とミリでは同じ様にはいかないとスディオは思っている。ミリがサニン王子に好意を持った場合は辛い道になるだろうし、サニン王子がミリに好意を持った場合は揉め事になる様にしかスディオには思えなかった。
「コーカデス卿と交際練習をどうするのか話をしてきたのですけれど、その席で好意は友情と恋情に分かれるとの話が出て」
「コーカデス卿か」
スディオは視線を斜め下に落とし、チリンは眉根を寄せる。二人とも未だに、コーカデス家には悪いイメージを持っていた。
「ミリちゃん?」
「はい、チリン姉様」
「コーカデス卿とどうしてその様な話になったの?」
「私はコーカデス卿との交際練習を取り止める積もりで」
「そうね。それが良いわね」
「あ、はい」
「それで?コーカデス卿にそう言ったの?」
「はい。結局は交際練習をする事になったのですけれど、その遣り取りの中でその様な話が出ました」
「コーカデス卿がミリちゃんに好意を持っているとか言われたの?」
「それは言われましたけれど」
「え?そうなの?ミリちゃんは?ミリちゃんはまさか、好意を持っていないわよね?」
「あの、その好意と言うのが、友人としての好意か、恋愛対象としての好意か、二種類あると言う話になって、私は友人としてならコーカデス卿に好意を持っていると思います」
「それで?コーカデス卿の方は?」
「コーカデス卿も同じかと思っていたのですけれど、その、コーカデス卿が初恋とか言い出しまして」
「初恋って、ミリちゃんに?」
「はい」
「・・・本当かしら?」
「そうなのですよね」
「そうよね。あっ?ミリちゃんに魅力がないとかではないわよ?ミリちゃんは可愛いし、段々大人びてきて綺麗にもなって来たし。ねえ?スディオ?」
「そうだね。このまま素敵な大人になるだろうね」
「ありがとうございます」
「だけどコーカデス卿が初恋なんて。そもそもミリちゃんに友情を感じているのかも怪しいでしょう?」
「そうだね」
「そうでしょうか?」
「そうじゃない」
「ミリがサニン殿下に時間を使うのが、嫌だったのかも知れないな」
「そうよね。コーカデス領に使っていた時間が、サニン殿下に取られてしまったものね」
「確かにコーカデス卿は、私の時間を使いたいとは思っています」
「そうでしょう?」
「友情や初恋をその理由にするのは頂けないね」
「ええ。利益目的と正直に言えば良いのに」
「あの、チリン姉様?」
ミリは眉尻を下げ、チリンに呼び掛けた。
「なに?ミリちゃん?」
「そもそも利益のないところに、友情も恋も生まれないのではありませんか?」
「え?・・・どう言う意味かしら?」
「その人との交流が物理的にも精神的にも利益になる事が無ければ、交流は途絶えますので、友情も恋情も生まれないと思います」
「え?それなら、後から利益がなくなったらどうなるの?」
「友情は絶えますし、恋愛は終わります」
極めて真面目な顔でミリにそう言われ、チリンは眉根を寄せて眉尻と口角を下げたが、隣に座るスディオも同じ表情を浮かべる。
「え~と?ミリ?」
「はい」
「そう言う難しい話は、コーカデス卿とだけにして貰えるかな?」
「え?何故ですか?」
「コーカデス卿もそう言う難しい話が好きなのだろう?」
「そうですね。どちらかと言えば、そうだと思います」
「好きな事は好きな人同士で楽しんだ方が良いよ」
自分は別に好きな訳ではない、とミリは思った。少なくとも楽しんでいる訳ではない。ただ事実と思う事を口にしただけだ。
でも確かに、愛情なども利益を得られる事が前提だとの話は、お腹に赤ちゃんがいるチリンと、ディリオを抱いてその隣に座るスディオの前では相応しくないだろう。
「分かりました」
ミリはわざわざレントと話す積もりはなかったけれど、スディオの言葉に肯いて返した。




