知識と経験・・・
「コーカデス卿は何故そうまでして、わたくしとの交際練習を行いたいのですか?」
「それはもちろん、ミリ様との結婚を見据えているからです」
ミリの問いにレントは間髪置かずに、割と平坦な口調でそう返した。
ミリの眉根が寄る。
「コーカデス卿」
「はい、ミリ様」
「家格の違いがなかったとしても、コーカデス卿とわたくしとは結婚など出来ません。それはお分かりではなかったのですか?」
「分かりません。何故ですか?」
小さく左右に振ってから首を僅かに傾げたレントの様子に、ミリの眉根は更に寄った。
「・・・何故って・・・」
「ミリ様の誕生経緯の事を仰っているのでしたら、見当違いです」
「え?見当違いって、見当違いはコーカデス卿ではありませんか」
「わたくしはミリ様の素晴らしさを知っています。そしてそれはミリ様の出自には一切関わりがありません。これまでミリ様を育てた皆様の愛情と、ミリ様自身の努力が、今のミリ様を作っています」
「褒めて頂いて光栄ですが、そのベースにあるのがわたくしの出自の問題です。それもお分かりではありませんか?」
「・・・失礼しました。ミリ様が人一倍努力をなさったり、周囲の方々が篤い教育をなさったりする理由には、確かにミリ様の出自が関係していたでしょう。しかしミリ様の出自は、今のミリ様の素晴らしさを僅かにも翳らせる事はありません」
淡々とした口調とは合わないレントの決め付けた言葉に、ミリは小さく息を吐く。
「何を言っているのです。犯罪者の血が流れている事、貴族の血が流れていない事は、わたくしの致命的な欠点ではありませんか」
「わたくしはその様な目に見えないものを信じて、目の前のミリ様を見誤る様な者ではありません」
「コーカデス卿の事だけを言っているのではありません」
「ではどなたの事ですか?」
平坦な声でレントに問われ、ミリは少し戸惑った。
「どなたと言うか」
「ラーラ様は違いますよね?バル様ももちろんですし、ガダ様もリルデ様も違います」
「それなら・・・コーカデス家の皆さんはどうなのですか?」
躊躇いがちのミリの言葉に、レントは躊躇なく反論する。
「リートもセリもリリも皆、ミリ様の素晴らしさを理解しています。確かに以前は間違えていましたので、直ぐには信じて頂けないかも知れません。しかしミリ様と出会ってミリ様の為人を知って、今は三人ともミリ様に感謝をしておりますし、ミリ様とラーラ様の事を悪く言っておりました事を心から反省していると思います。ミリ様にはそうは見えないのでしょうか?」
「それに付いてはコーカデス卿の言う通りなのかも知れません。しかしコーカデス卿はわたくしとの結婚を口になさいますけれど、そちらに付いては御家族の皆さんはいかがなのですか?」
「・・・確かに家族の口から、賛成とは言わせておりません」
「そう言う事です」
「いいえ。わたくしがまだ家族に、ミリ様と結婚したいとは言っていないからです」
「言ったら反対されますものね」
「いいえ。わたくしはミリ様と結婚する可能性に付いてはこれまでも考えておりましたが、ミリ様と結婚をしたいと初めて思ったのは、今日のミリ様との会話の中でなのです」
「え?何故?急にですか?」
「急と言いますか、ミリ様にスーノ殿との婚姻を勧められましたので、その時に初めて自分の本当の気持ちに気付きました」
「え?」
「わたくしはミリ様と共にありたいと」
「でも、コーカデス卿は恋愛とか良く分からないと言っていましたよね?」
「はい。ミリ様に対してのこの気持ちが、恋なのかは分かりません。ですがミリ様に会いたい。ミリ様と話をしたい。ミリ様を見ていたい。それらは前から感じていました。そして今日、将来に渡ってミリ様と寄り添いたいと思いましたし、何よりミリ様が、わたくしよりサニン殿下と一緒にいる時間の方が長くなる事が嫌だと感じました。これは嫉妬ではありませんか?」
「・・・確かに、嫉妬かも知れませんけれど」
「やはり。つまりこれが恋なのですよね?」
「嫉妬は兄弟間でも感じるものです。親に自分を弟妹より構って欲しいですとか」
「・・・兄弟がいないので良く分かりませんけれど、でもわたくしは、ディリオ様には嫉妬を感じなかったと思います」
「ディリオはまだ赤ちゃんではありませんか。それともしコーカデス卿が恋愛感情を持っているのでしたら、それを感じている相手に対して、恋かどうかなど訊いたりはしません」
「それは仕方がないのではないでしょうか。わたくしは初心者なのですから」
「そう言う開き直りがもう既に違います。恋をしている相手に向かって、そんな開き直りは出来る筈がありません」
ミリにそう言われて、レントは小さく息を吐いた。
「ミリ様は、どなたか心に決めた方がいらっしゃるのですか?」
「え?・・・おりませんけれど、それが何か?」
「好きな方がいらっしゃるから、わたくしとの結婚を拒むのかと思いました」
「コーカデス卿の事を慕っている女性でも、急に結婚の事を言われて受け入れたりはしませんから」
「つまりミリ様も」
「いえ、違います」
レントの言葉を遮ると、ミリは頭を下げる。
「誤解を産む事を言ってしまい、申し訳ありません」
「これまでには、好きな方はいらっしゃったのですか?」
ミリは上げた顔では、また眉根が寄っていた。
「・・・それをコーカデス卿に伝える必要はありません」
「ミリ様は平民になると宣言なさっていますけれど、お相手は平民ではありませんよね?」
「・・・ノーコメントです」
「サニン殿下やジゴ様に対する態度を見ても、ミリ様が二人に恋をしているとは思えません」
「・・・その通りではありますけれど、そもそもどちらにもあり得ません」
「ミリ様が初恋もまだなのでしたら、ミリ様に恋情を抱いたわたくしの方が、恋愛の先輩と言う事ですよね?」
「・・・たとえそうだとしても、恋愛に関する知識では、わたくしはコーカデス卿には負けません」
「ミリ様の知識は書物が根拠になっていますよね?」
「周りの人達からも恋愛に付いて学んでいます」
「ミリ様の周りの方達は、ミリ様が物心着く前に結婚なさっています。ですので恋愛に関しては、書物からの知識が多くを占めるのではありませんか?」
「それは、そうですけれど、それでも知識は知識です」
「論文なら特殊なケースを取り上げるでしょうし、小説なら劇的な恋愛をテーマにするでしょう。それらからの知識は、一般的な恋愛と懸け離れていると、言えるのではありませんか?」
レントの言葉にはっとしてしまったミリは、直ぐには反論が思い付かなかった。




