評価と好意
「ただし今は、ミリ様とわたくしでは家格が釣り合いません」
レントの言葉にミリの眉根が僅かに寄る。それに気付いたけれど、レントは言葉を続けた。
「爵位を賜った身でも子爵では、侯爵令嬢との結婚を侯爵家に許して頂く事は難しい」
爵位を継ぐ予定の跡取りが、家格が二つ上の令嬢と結婚した前例が幾つかある事は知っているが、ミリは口を開かない。しかし知っているのはレントも同じだった。
「過去の同様なケースは相思相愛であったとされています。そして女性も婚姻に向けて、積極的に動いたそうです」
ミリが聞いている話では女性からの、つまり上位者からの働き掛けで結ばれているケースも多い。もちろんその事も、ミリはこの場では口にしない。
「ミリ様にわたくしに対して積極的になって頂けるのかは分かりませんが、コーカデス領の爵位を戻すかしない限り、コードナ侯爵がわたくしとミリ様の結婚を認める筈はない。ミリ様はそうお考えですよね?」
ここまで口を閉じたまま反論のタイミングを計っていたけれど、レントに問われて仕方なくミリは言葉を返す。
「コーカデス卿が伯爵になったとしても、わたくしとの結婚などあり得ません」
「ですが子爵のままでしたら、結婚を申し込む事さえ難しいでしょう。爵位を戻すのに当たって、ミリ様のお力を借りなければならないのは恥ずかしい限りです。しかしどれ程恥ずかしい思いをしても、それでミリ様に結婚を申し込む事が出来るのでしたら、それはわたくしには必要な事なのです」
「それならそれはコーカデス卿に取ってではなく、コーカデス領に取って必要だと評価して頂けていると言う事が正しいのではありませんか?」
ミリは自分がコーカデス領開発で貢献できている事を自覚していた。そしてその手腕はこれからもレントに頼りにされるだろうと思っている。だからこそ、スーノ・シロントとの交際練習や縁談をレントに勧めながらも、コーカデス領の開発は続けるから心配は要らないとレントに伝えたのだ。
しかしレントはミリがコーカデス領に必要とではなく、敢えて自分に必要だと言っていた。
「もちろんコーカデス領に取ってもミリ様は重要な存在です」
「わたくしはコーカデス卿がどなたと交際練習や結婚をなさろうとも、コーカデス領の開発に手を抜く積もりはありません」
「ありがとう御座います。ですが逆なのです」
「逆?」
「はい」
「何が、ですか?」
「一目惚れした時点のわたくしは」
「一目惚れかどうかは分かりません。コーカデス卿は恋愛に疎いのですよね?」
ミリはどうにか話を逸らしたい。そんなミリにレントは微笑みを向ける。
「はい。ミリ様への一目惚れが恋情だとしたら、わたくしに取ってはこれが初恋ですので、経験不足は否定できません」
初恋との単語まで出されたけれど、レントが作ろうとしている流れにミリは抗う。
「経験もそうですが、知識も不足なさっているのではありませんか?コーカデス卿に取っての夫婦の見本も、わたくしの両親達しかいないとの事ですし」
「ミリ様の仰る通りですが、それはミリ様へのアプローチの仕方が悪いと言う御指摘でしょうか?」
「え?・・・いえ。そうではありませんが・・・」
「善処致しますので、改善点があれば教えて下さい」
現状で良い訳ではないが、改善して欲しい訳でもないので、ミリは言葉に詰まる。
「領地開発だけではなく、ミリ様へのアプローチもミリ様に頼るのは如何なものかと我ながら思います。しかしミリ様に恥を曝すだけで済むのでしたら、わたくしは厭いません」
その他人任せの姿勢が既にダメだとミリは思うけれど、もちろんその様な事は口に出さない。
「ミリ様の表情や態度からその辺りのヒントを読み取れる様になる為にも、わたくしにはミリ様との交際練習が必要だと思っておりますが、ミリ様に一目惚れをした時点でのわたくしは、ミリ様の経営手腕などは理解致しておりませんでした」
レントに急に一目惚れまで話を戻されて、ミリは少し戸惑う。
「ミリ様の事は、悪く教わっておりましたので」
レントの表情に悲哀が僅かに混じるのを見て、ミリは微かに胸の痛みを覚えた。
しかしミリの出自に関した事をレントが考えていると思うと、憐れまれている様にも思えて、直ぐに反発をしたくもなる。
「それが分かっていて何故、わたくしと交際練習をしようとなさるのですか?」
「分かっていてとは、悪く教わっていた事に付いてですか?」
「もちろんです」
「もちろん、その教えが間違い、と言いますか、もし教わった通りであったとしても、ミリ様に対してそれ以上の好意を感じたからです」
ミリにはレントの言葉が薄っぺらく感じた。
「わたくしは悪魔の子と呼ばれています。それは御存知ですよね?」
「はい」
レントは小さく肯いて、ただ一言だけ返す。
レントの言葉の続きを待ったけれど、堪えきれずにミリは口を開いた。
「わたくしと交際練習をする事さえコーカデス卿の、延いてはコーカデス領の評判を落とす事はお分かりですよね?」
「ミリ様の事を悪く言う者達、当時のわたくしも人の事は言えませんでしたが、その様な者達にコーカデス家を悪く言われる事は理解しておりました」
「それなら何故?」
「当時のコーカデス家に取っては、他領の人間に何を言われても構う余裕はありませんでした。それは相手が貴族や王族であっても同じです。そしてコーカデス家は、コーカデス領の領民の多くからは見限られておりました。領地の復興を期待している領民はなく、それだからこそ密造などが横行していたのです。つまり、当時既に、コーカデス家は領民達に悪く言われていましたので、わたくしは評判が落ちる心配よりもミリ様と交流する事を選ぶ事が出来たのです」
「そうなのかも知れませんけれど、でも更に評判を落とす事になりますよね?」
「それと、何故と仰るのがミリ様に好意を持った理由でしたら、ミリ様の言動を見たからです。そしてコードナ侯爵令嬢を警戒しながらも、好意は強くなっていきました」
ミリは焦りを感じる。
今日の途中迄はレントが戸惑ったりして、会話はミリのペースだった筈だ。しかし今はレントから会話の主導権を取り返せずにいる。
バルから結婚相手を探す様に言われた事は、レントに知られたくない。
ミリは今回の話し合いの落とし所を考えようとするけれど、このままだとこれまでと何も変わらない結論になりそうだ。そうなっては何の為にレントと話し合う時間を作ったのか分からない事になる為、少しでも成果を手に入れようとミリは考えていた。




