有効活用の勧め
「わたくしとの会話では、コーカデス卿はわたくしを警戒なさっていました」
ミリはレントに確認をしたり同意を求めたりするのではなく、敢えて断言を口にする。
その断言にレントは戸惑った。
「いえ、それは、ですが」
「あの様な場で、初めて会った相手に警戒をする事は当然です。しかしそれはつまり、一目惚れではないと言う事です。一目惚れとは、本当に、一目見た時に好意を抱くのですから」
「いや、ですが」
「コーカデス卿はわたくしにテーブルを譲り、他に移ろうとなさっていましたよね?」
「それは、そうでしたけれど」
「一目見た時点での警戒から、僅かに言葉を交わしただけで、わたくしを忌避なさったのですから」
「いえ、忌避などしていません」
「でも、同席を避けましたよね?」
「わたくしはミリ様に席をお譲りした認識です。ミリ様の方がテーブルの近くにいらっしゃいましたし」
「同席する事になってからもわたくしを避けて、わたくしとは遠い席に座ろうとなさっていましたよね?」
「いや、それは、ですが、初めてお目に掛かった御令嬢の隣にいきなり座ったり、出来ないではありませんか」
「一目惚れなのに?」
「え?」
「一目惚れをした直後の魅了状態でしたら、わたくしが勧めるまでもなく、わたくしと会話をしようとして、無意識にでもわたくしの隣に座って下さったと思います」
「いえ、違うのです」
「いいえ。一目惚れとはそう言うものです。それなのにコーカデス卿はわたくしの隣に座ってからも、わたくしを警戒なさっていて、ジゴが会話に入ってからやっと少し会話をして下さったではありませんか」
「それは、確かに、ミリ様にそう捉えられても仕方のない振る舞いをわたくしは行ったかも知れませんが、しかしミリ様。違うのです」
ここで何が違うのかを訊いてしまえば、レントのペースになってしまうとミリは感じる。
「ではそう言う事にして置きましょう。しかしそれなら同様に、スーノ・シロント殿がコーカデス卿に一目惚れしている可能性が高い事も事実として受け入れて貰えますね?」
「え?」
「それに、それとは別にしても、スーノ・シロント殿をコーカデス家に迎える事のメリットも否定は出来ませんよね?」
「それは、しかし」
「そもそもわたくしとの交際練習もプロポーズの振りも、余計な縁談に時間を取られる事を防ぐ為でしたよね?」
「それは、そう言いましたけれど」
「余計ではない、必要な縁談でしたら、当然時間の無駄にはなりませんし、却って余計な交際練習をしなくて済みますので、人生に於ける時間を有効に活用する事になります。違いますか?」
「いや、違いませんが、ミリ様?」
「コーカデス領は石材以外にも産業があり、それらはこれから発展してゆくでしょう。そこを理解して貰えるのなら、シロント子爵家もスーノ・シロント殿とコーカデス卿との婚姻に、反対をする訳がありません」
「ミリ様」
「コーカデス卿。わたくしはコーカデス商会を放り出す積もりはありません」
「え?ミリ様?」
「コーカデス卿がわたくしと交際練習をする理由に、わたくしの時間を他領の為に使わせない目的もありますよね?」
「いや、それは」
「ありますよね?」
「・・・確かに、ミリ様の時間を使わせて頂く事自体も目論見ました。しかし」
「コーカデス領の開発は順調ですが、わたくしはここで手を放す積もりはありません。学院には登校をしなければならなくなりましたが、必要とあればコーカデス領に戻って指揮を執る予定です。つまりもう、コーカデス卿がわたくしをコーカデス領の開発に縛り付けようとはせずとも、わたくしはこの先もコーカデス領の開発に携わる積もりでおります」
「ミリ様」
「その事は信じて頂けますか?」
「・・・もちろん信じますが」
「ありがとう御座います。そしてコーカデス領開発に携わる者の一人として、領主であるコーカデス卿には無駄な事には時間を使って頂きたくないのです」
「無駄な事とは」
「縁談にしろ何にしろ、将来が分かっているのなら、コーカデス卿にはまずは必要がある事から行って頂きたい。それがコーカデス家の為でもあり、コーカデス領の為でもあり、延いてはコーカデス商会の為にもなれば、商会長であるわたくしの為にもなります」
「・・・ミリ様」
「結果として同じ決断をなさるのであれば、早く決断をする方が利益となります。スーノ・シロント殿に他から縁談があれば、話が纏まるのに余計な時間が掛かる事になるでしょう。それはお分かりですよね?」
「・・・ミリ様」
「いかがですか?」
「ミリ様はわたくしとの交際練習に同意下さっていましたし、わたくしがプロポーズをする事も認めて下さっていましたよね?」
「プロポーズではありません。プロポーズの振りです」
「それなのにどうして急に、スーノ殿との縁談を勧めてくるのですか?」
「え?ですから、それは、今説明した通り、コーカデス卿やコーカデス領にメリットがありますし、わたくしにもメリットがあるからですけれど」
「シロント子爵領が石材を特産品にしているのは昔からですし、シロント子爵家のスーノ殿にはこれまでも婚約者はいませんでした。ミリ様はそれを以前から御存知でしたよね?」
「それは、はい」
「ミリ様がわたくしとの交際練習に同意して下さった時から状況が変わっていないのに、今になってスーノ殿との縁談を勧める理由は何ですか?」
「いえ、ですから、スーノ・シロント殿とコーカデス卿が友誼を結んだ点は、以前とは異なりますよね?」
「それだけですか?」
「それだけ、と言いますけれど、スーノ殿がコーカデス卿に一目惚れをしているのであれば・・・」
「貴族の婚姻とは、その様なものではないのではありませんか?」
「いえ、ですが、条件さえ合えば」
「条件として成り立っているのでしたらその時点で、まだミリ様とは交際練習らしい事を行っていなかったのですから、コーカデス領で石材生産を行う事を決めた時点で、ミリ様はわたくしにスーノ殿との縁談を勧めた筈です」
「いえ、あの」
「ミリ様?わたくしに何か、隠していらっしゃいませんか?」
「・・・え?」
ミリの反応を見て、レントは確信をする。
確かに以前から状況は変わっていた。ミリはバルに結婚したい相手を探す様に命じられたのだ。
もし今後、レントとの交際練習が始まったり、レントにプロポーズされていると言う話が広まったりすれば、ミリは結婚相手を探し難くなる。
それなのでミリは、レントとの交際練習もプロポーズの振りも、取り止めにしたいと考えていた。




