優先順位とタイミング
「そしてスーノ・シロント殿にまだ婚約者がいないのであれば、婚約を申し込むのはいかがでしょう?」
微笑むミリの言葉に、レントは目を見開く。
「・・・そんな」
「コーカデス卿の世代にはサニン殿下がいらっしゃいますので、この国の通例ですとサニン殿下が婚約をなさってから、上位貴族から婚約をして行く筈です」
「え?ええ。そう聞いた事はあります」
「しかし王太子殿下の御婚約の時にはそれが一部崩れていました。チリン様は婚約も結婚も早かったですけれど、サニン殿下の場合は公爵家に年回りの合う御令嬢がいらっしゃいませんから、サニン殿下より先に婚約や結婚をする子息令嬢も現れると考えられます」
「え?ええ。そうかも知れません」
「そうしますとコーカデス卿も婚姻に向けて、早めに準備をなさらないとなりません」
「仰る事は分かりますが、ミリ様?わたくしは先ずは、領地を立て直さなければなりません」
「それは分かりますが、コーカデス卿は今はスーノ・シロント殿との王都巡りをなさっていないのですよね?」
「え?ええ」
「つまり、時間に余裕があるのではありませんか?」
「そう言われれば、そうではありますが」
「御学友に勉強を教える事も大切ではありますが、当主として御自身の御結婚を考えたり、その準備を行う事の方が大切なのではありませんか?」
ミリに問われてレントは眉尻を下げた。
「それは仰る通りですが」
「幸いな事に現在のところ、コーカデス領の領地運営に問題はありません」
「え?ええ。ラーラ様とミリ様のお陰です」
「リート殿、セリ殿、リリ殿。そして多くの人達の尽力の結果ですが、つまりはコーカデス卿が婚約を調えるのには、今がチャンスだと言う事です」
「え?いえ、まだその時期ではありません」
「いいえ、今がその時期です。そして婚約を調えてその方と交際を行えば、わたくしと交際練習を行ったりわたくしにプロポーズの振りをしたりする無駄も省けます」
「無駄ではありません!」
「いいえ、時間と費用の無駄です」
「いいえ!無駄などではありません!」
レントがミリを強い目で見詰める。ミリは唇を小さく開いたが、それを閉じると唾を飲み込んだ。
「ミリ様」
「え?・・・ええ」
「わたくしがミリ様に好意を寄せていると、ミリ様は先程仰いましたね?」
「・・・ええ」
「わたくしは学院に通う様になって、友人、と言って良いのかは分かりませんが、同級生とも先輩方とも知り合う事が出来ました。そしてその半数は令嬢です。しかしその令嬢達に感じているのは、友情としての好意までだと思います。これが友情なのであれば」
「恋情かも」
「それはない。いいえ、それはありません」
「そう、ですか」
「そうです。ミリ様?」
「ええ」
「わたくしが物心着く前に両親が離婚をした為か、わたくしには男女の愛情と言うものが良く分かりません。そしてわたくしに取っての夫婦とは、バル様とラーラ様の事です」
「あの、リート殿とセリ殿ではなく?」
「以前にもお伝えした覚えがありますが、リートとセリはわたくしの前では祖父母です。あまり夫婦らしくはありません。使用人の中にも夫婦はいますが、その者達もわたくしの前では夫婦ではなく、あくまでも使用人です。バル様とラーラ様もミリ様の前では両親として振る舞う事が殆どなのでしょうが、お二人の遣り取りに垣間見える関係性が、ミリ様の両親である前に、お二人が夫婦である事をわたくしに感じ取らせるのです」
「確かにわたくしの両親は、夫婦として仲が良い方だと思いますが」
「ええ。理想の御夫婦だとわたくしは思いますが、ミリ様はいかがですか?」
微笑みながら尋ねるレントに、ミリは小さく肯いて返す。
「そうですね。わたくしが知る中でも、良い夫婦には思えます」
「良かった。そのバル様とラーラ様の御関係を夫婦の理想として考える時に、わたくしはミリ様の事が思い浮かぶのです」
自分の出自が思い出され、ミリの眉根が寄った。
その表情を見てレントは小さく左右に首を振る。
「お二人がミリ様の御両親だからではありませんよ?」
「え?」
「先程も述べましたが、わたくしは男女の愛情と言うものは良く分かりません。ですが理想の夫婦像を考える時に、ミリ様の事が思い浮かぶのです。これは他の誰に対してもない事です。ミリ様だけなのです」
レントは微笑みを消して、強い目をミリに向けた。
「わたくしが他の人に感じる好意が友情なのだとしたら、ミリ様に感じるこれは友情ではありません」
そう言ってからレントは視線を下げ、少し顔を伏せる。ミリはそれを追う様に、無意識にレントの顔を覗き込んだ。
「・・・コーカデス卿?」
レントは一瞬顔を上げ、ミリと目を合わせるとまた視線を下げる。
「この様な事を今のわたくしが口にしても、コーカデス領の為に言っている様にしか、ミリ様には聞こえないかも知れませんよね?」
「コーカデス卿?」
レントは顔を上げて、ミリを真っ直ぐに見詰めた。
「ミリ様に領地開発を手伝って頂いている状況では、何を言ってもただミリ様の能力が欲しいから、手放したくないからの様に聞こえるとは思います。しかしもし、ミリ様より先にスーノ殿や他の令嬢に出会っていても、そしてその方達がコーカデス領を救って下さると思えたとしても、わたくしは交際練習を申し込んだりはしなかったと今なら言えます。プロポーズの振りなど、思い付きもしなかったでしょう」
「・・・コーカデス卿」
「先程ミリ様は、一目惚れなら好意を持つのに時間は不要だと仰っていましたよね?」
「え?ええ」
「わたくしは、サニン殿下の親睦会でミリ様に席を譲られた時、コーカデス家と因縁のあるコードナ侯爵家の御令嬢と知っても、ミリ様に好意を感じていました。これはつまり、一目惚れ、です」
「あの、でも」
ミリは戸惑う。
「違いますか?」
優しく微笑むレントに、ミリは思っている事を伝える事を決心した。
「ですがコーカデス卿?コーカデス卿はわたくしよりは、先にジゴに気を許していませんでしたか?」
「・・・え?」
レントの眉尻と口角が下がる。
ミリはレントがジゴに一目惚れをしたとは思っていないが、取り敢えずレントの作った雰囲気を壊す事が出来て、少し肩の力を抜いた。




