戻そうとするレントを押し切るミリ
レントは溜め息を吐いた。それにミリが気付く。
「違いますか?」
小首を傾げるミリの様子に、レントは首を左右に振った。
「ミリ様の仰る事は正しいのですが、わたくしの現状とは色々と異なります」
「そうですか。ではわたくしとの交際練習は続けると言うことですね」
ミリはレントに言葉を続けさせるのは拙いと感じ、結論を口にする。
レントの溜め息を注意信号だったのだとミリは考えた。このままレントに話をさせれば、レントのペースで進められてしまう。そうしたら変な約束をする事になるかも知れない。
しかしレントはもう、ミリに認識を改めて貰う積もりになっていた。
「交際練習は是非お願いしますが、ミリ様」
話を終わらせたいけれど、レントに見詰められて呼び掛けられて、ミリは応えるしかない。
「ええ、コーカデス卿」
「好意には、友情によるものと恋情によるものが、あるのではないでしょうか?」
レントが好意に話題を戻した狙いが、ミリには分からなかった。
「それは、相手が異性かどうかと言う話ですか?」
「異性か?・・・そうかも知れませんが、恋愛の対象になるかどうかではなく、たとえ恋愛の対象になり得る相手でも、恋情ではなく友情を感じる事はある筈です」
レントの言葉にミリは隙を見付ける。
「コーカデス卿にはそう言うお相手がいるのですか?」
レントがスーノ・シロント子爵令嬢の事を想定しているのだろうとは思ったけれど、ミリは話を逸らせる為に敢えてそう尋ねた。
しかしミリに訊かれてレントは戸惑う。
「あ、いえ。わたくしには友情というものが、まだ、良く分かりませんが、こう、一般論としてです」
「そうですか。それで?」
ミリはここでスーノがレントに取ってはどの様な存在なのかを質さずに、その話題は取っておく事にした。まだレントが動揺している様だから、今はそれで充分だと判断したのだ。
そしてミリの追撃を予想していたレントは、ミリが先を促した事でも戸惑った。
「はい。え~と、それでですね。交流を続けるに当たっては、ミリ様の仰る通りに交流に拠って利益がある場合と、そして好意に基づくケースが友情を感じる場合と、恋情を感じる場合に分ける事が出来ると考えます」
「コーカデス卿はそうお考えなのですね」
取り敢えずミリはそう言って、反論の足場に出来そうなところに楔を打ち込んでおく。
「え?ええ」
「それで?」
「あの、はい。スーノ殿のお薦めの王都のお店を紹介して貰える事は、わたくしに取ってメリットがありました。シロント子爵領の様子を教えて貰えたのもメリットです。何度も話をする内に、もしかしたら友情も芽生えていたのかも知れません。スーノ殿に何かを頼まれたなら、わたくしやコーカデス領に不利益がない限り、その頼みを聞くとは思いますので」
「コーカデス卿は先程、友情と言うものが良く分からないの仰っていましたが、スーノ・シロント殿に対しては友情を感じているのですね?」
「友情と言いますか、先程ミリ様が仰った好意に付いては感じていると思います」
「そうですか」
ミリは小さく肯いた。そしてレントを見詰めたけれど、今度は話の先を促さない。
ここで先を促されない事でまた、レントは少し戸惑った。レントは自分が何を言おうとしていたのか、分からなくなって来ている。
「それでですね、その・・・申し訳ありません」
レントは頭を下げた。
「考えを纏めますので、少しお待ち下さい」
しかしミリはそれを許さない。
「コーカデス卿は御自身の妻として迎えるのには、スーノ・シロント殿は相応しくない、不適切であるとお考えですか?」
「いえ、あの、不適切と言う訳ではありませんが」
「そうですよね。わたくしはスーノ・シロント殿とは少し言葉を交わしただけですが、シロント子爵家と縁付くメリットを覆す程の欠点をスーノ・シロント殿がお持ちとは思えませんでした。このわたくしの想定は合っていますか?」
「スーノ殿の欠点があるのか、分かりませんが」
「コーカデス領の経済的な建て直しが出来た後も、コーカデス石の生産と販売は続けて行く想定でわたくしはいますけれど、それは合っていますか?」
「もちろんです」
「と言う事はシロント子爵家とは友好関係を築くべきで、それを将来的にも保って行くべきだとわたくしは考えますが、いかがでしょうか?」
「それはミリ様の仰る通りだと、わたくしも考えております」
「そしてコーカデス卿はスーノ・シロント殿に好意を持っていると」
「友情としてですよ?友情としての好意でしたら、あるいはわたくしも感じているのだと」
「そしてコーカデス卿のお話を聞く限り、スーノ・シロント殿もコーカデス卿に好意を持っていますよね?」
「え?・・・友情としてのですよね?」
「コーカデス卿のお話からは、スーノ・シロント殿がコーカデス卿に向ける好意が友情なのか恋情なのかはわたくしには分かりませんが、コーカデス卿に王都のお店を紹介する事に対して、スーノ・シロント殿にメリットがあるとは思えない事から、スーノ・シロント殿はコーカデス卿にかなりの好意を寄せている事は考えられます」
「え?」
「友情を育てる為には時間が必要で、出会って直ぐには感じないものです。スーノ・シロント殿にメリットがない場合、出会って間もないコーカデス卿にスーノ・シロント殿が寄せる好意と言うのは、恋情以外にないとわたくしは考えますが、いかがでしょうか?」
「・・・そんな・・・その様な事があり得るとは」
「一目惚れと言うものですね」
ミリはレントの様子に、充分な手応えを感じた。
「コーカデス卿がスーノ・シロント殿に向ける感情が友情だとしても、スーノ・シロント殿がそれ以上の気持ちをコーカデス卿に向けているとしたら、妻として迎えるのに適しているスーノ・シロント殿に対して、真摯に向き合う事がコーカデス卿とコーカデス家とコーカデス領の将来の為になるとわたくしは考えます」
「いや、それは」
「ですので、交際練習をわたくしと行う事に時間を使うよりは、スーノ・シロント殿との時間を大切にする事の方が、今のコーカデス卿に取っては必要なのではないかと、わたくしは感じました」
レントは僅かに開けた口を動かすけれど、言葉は出せないでいる。
ミリは、言いたかった事とはかなり違った内容になっていたのだけれど、レントのペースに乗らずに済んでいる事に満足して、自然な微笑みを浮かべていた。




