好意と利益と
レントのペースに乗ると思わぬ状況になりかねない、とミリは警戒をした。これまでもレントのペースで、海外留学に釘を刺されたり交際練習をする事になったり、プロポーズをされている振りを約束したりしている。
「コーカデス卿はスーノ・シロント殿とは婚約をしていないし、それに関わる約束もしてはいらっしゃらないのですね?」
「もちろんです」
「スーノ・シロント殿に色々なお店を案内して貰っているだけで、デートではないと」
「その通りです」
「マッシ・シロント殿が来なかったので、たまたま二人きりになった」
「はい」
「分かりました。それで、わたくしとの交際練習は行うのでしょうか?」
「え?」
レントにはミリが、スーノと店巡りをしていた話と関連があるかの様に、続けて交際練習の話をする理由が分からなかった。
「もちろんミリ様にはわたくしとの交際練習をして頂きたいのですが、何故改めて確認をなさるのでしょうか?」
「コーカデス卿はお忙しいかと思いますので」
「・・・石材販売がですか?」
「それもありますが、スーノ・シロント殿との王都巡りもです」
「ああ、なるほど。スーノ殿にはもう、お店の案内をして頂いてはおりません」
「・・・そうすると今は一緒に何を?」
「え?スーノ殿とですか?」
「ええ」
「何もありません。スーノ殿と共に行うのは、学院で一緒に授業を受ける事だけです」
「・・・え?」
「いや、本当ですよ?」
「・・・そうなのですか」
「もしかして今もまだ、わたくしがスーノ殿に案内をして貰っていると、ミリ様は思っていたのでしょうか?」
「ええ」
「その様な情報が今もミリ様の下に届いていのであれば、それは問題ですね」
「いいえ。少し前から情報はありませんでしたけれど」
「そうなのですか?それなら何故、今もそうだと?」
「あった事は報告されますけれど、なかったとは報告されません。王都の噂を耳に入れていただけで、コーカデス卿やスーノ・シロント殿を見張らせていた訳ではありませんので、それまでも全てが報告されていた訳ではないと思っていました。それと、お二人がお忍びに上達して、目立たなくなった可能性もありますし」
「なるほど。ですが、スーノ殿のお薦めのお店を一通り紹介して貰ったのと、スーノ殿が忙しくなった為、しばらく前からもう、お店巡りは行ってはいないのです」
「そうなのですか」
「はい」
それが事実だとしても、ミリとレントが交際練習をしなくても良い様にミリには思えている。
「コーカデス卿とスーノ・シロント殿は家格も合います」
ミリの言葉にレントの眉根が僅かに寄る。
「・・・子爵家同士ですから、ミリ様の仰る通りですが、それが何か?」
「王都を案内したりされたりなさったと言う事は、お互いに好意は持っていますよね?」
レントの眉根がもう少し寄った。
「好意?」
「はい」
「あの・・・どの様な好意を仰っているのでしょうか?」
レントの問いに今度はミリの眉根が僅かに寄る。
「どの様なも何も、好意は好意です。会話をしたり同席したり、一緒に飲食したりするには、好意か具体的な利益が必要ですよね?」
「・・・その様に考えた事はありませんが」
「例えばサニン殿下の懇親会への出席は、わたくしもそうでしたけれど、コーカデス卿も好意を持つ方が出席をしてはいなかったのではありませんか?」
レントは小首を傾げた。
「確かに知らない方達ばかりでしたので、わたくしはそうですが、ミリ様?」
「はい」
「親睦会にはジゴ様も出席をしていましたよね?」
ミリが眉を上げる。レントとの出会いの印象が強くて、従弟のジゴ・コードナも参加していた事をミリは忘れていた。
「・・・そうでしたね。そうですけれど、親睦会に参加したのは、王家の招待を断わった時の不利益を避ける為ではありませんでしたか?」
「それは確かにありましたし、他家の方達と親交を持つ事の利益を求めていた事も確かです。そして実際にミリ様と出会えた事実もあります」
「ええ。コーカデス卿とわたくしも、コーカデス領の開発に関してお互いに利益がありますけれど、手紙で遣り取りするだけではなく、こうして直接会って話をしたいと言うわたくしの要望を聞き入れて頂けると言う事は、コーカデス卿もわたくしに好意を持って下さっていると思っていますが、違いますか?」
「もちろんです。わたくしはミリ様に好意を感じております」
「はい。その好意の事です」
「はい?」
「貴族同士の結婚は、お互いの家同士に利益がある事が必須ですが、その上で、当事者同士が好意を持つ事が望ましいですし、その為に婚約期間中の交際を通して、心を通わせて行くのではないでしょうか?」
「それは、ミリ様の仰る通りなのでしょうが、それが何か?」
「ですので家格が合い、お互いに好意を感じていて、お互いの家に利益があるのであれば、貴族としては婚姻を考えない事はありません」
「それも仰る通りですがミリ様?」
レントは僅かに眉根を寄せて眉尻を下げる。
「それはわたくしとスーノ・シロント殿の事を仰っているのでしょうか?」
「はい。スーノ・シロント殿を念頭に置いています」
レントは僅かに肩を落とした。
「・・・婚姻を考えない事はないと仰いますが、わたくしはスーノ・シロント殿との婚姻を考えた事などありません」
「え?コーカデス卿はコーカデス家の当主でもあるのに、何故ですか?」
「いや、確かに当主としてもわたくしは、自分自身の婚姻を考えなければなりません」
「ええ。石材事業を始めたコーカデス領の領主としても、石材事業での揺るぎない実績を持つシロント子爵家と縁付く事の利益を考えない訳がありませんよね?」
「それも確かにミリ様の仰る通りです。仰る通りではありますが」
「もっと良い条件の方がいらっしゃるのですか?」
いるとしたら学院に通っている生徒ではないかと考えて、ミリは小首を傾げて思案する。レントの行動履歴を思い返して、学院以外に出会いのチャンスはなかったと思えたからだ。
そしてもちろんミリの考慮対象に、ミリ自身は入っていない。
そしてその事に気付いているレントは、眉根を寄せて眉尻と口角を下げて、肩を落としていた。




