認識とペース
石材販売事業に関しての話が始まると、ミリとレントの顔の赤味は直ぐに冷めた。
従業員達も一緒に帳簿や資料を見ながら、現状と今後の方針に付いて認識合わせを進める。
特にトラブルも発生していないし、販売契約も石材引き渡しも順調なので、この話し合いは直ぐに終わった。
ミリからレントには予め、交際練習に付いても話したいと連絡がしてある。それなのでレントはミリをカフェに誘い、そこで話をする積もりでいた。
しかし今日のミリは王宮帰りのドレス姿だ。この格好では馬には乗れない。ミリに着替えに帰って貰って馬に乗って来て貰うか、ミリは馬車でレントは騎馬で店に向かうか、ミリと一緒にレントも店まで馬車に乗って行くしかない。
店を予約してある事をレントが伝えるとミリも同じ事を考えて、結局は店の予約はキャンセルをして、この邸で話をする事になった。
ミリとレントは執務室から応接室に場所を移す。
使用人を下がらせて、ミリから離れる事を渋る護衛達もドアの外に待機させ、応接室内にはミリとレントの二人だけになった。
「コーカデス卿との交際練習ですが」
「はい」
「行わないと言う事でよろしいでしょうか?」
先ず結論から提示したミリの言葉に、レントの目が徐々に大きく開かれて、口もゆっくりと開いて行く。
「・・・へ?」
そのままレントは固まり、呼吸も止まった。
少しして息を大きく吸い込むと、またそこで一旦レントは動きを止める。
「・・・あの・・・ミリ様?」
「はい」
「・・・他の方と交際練習をなさるのでしょうか?」
「え?・・・わたくし?」
「はい」
「いいえ、違います」
「それなら・・・何故?」
「何故?」
「はい」
「コーカデス卿はわたくしとの交際練習を行うのですか?」
「もちろんです。バル様とラーラ様にも許可を頂いたではありませんか?」
「それはそうですけれど」
「コードナ侯爵夫妻にも、そうお願いしましたし」
「それはそうなのですけれど、コーカデス卿?」
「はい」
「スーノ・シロント子爵令嬢と親しくなさっていらっしゃいますよね?」
レントの眉根が寄った。
「はい?」
「スーノ・シロント殿とのお付き合いはよろしいのですか?」
「付き合いはありますけれど、それが何か?」
レントの様子にミリは違和感を覚える。
「コーカデス卿はスーノ・シロント殿と良く、デートをなさっていると」
「デート?!」
レントは思わずミリの言葉を遮った。大きく目を見開くレントの様子に、ミリは事情が認識と異なりそうだと受け取る。
「そう聞きましたけれど、違いましたでしょうか?」
「デートなどではなく、スーノ殿には王都のお店を色々と紹介して頂いたのです」
「いつも二人はお忍びで平民の装いをして待ち合わせ、店では個室を使って会っていると聞いていますが、違ったのでしょうか?」
「いえ?確かにそれはその通りですけれど?」
「でもデートではない?」
「え?・・・それってデートになるのですか?」
「お忍びデートにしか思えないのですが?」
「いえいえ違いますから。デートではありませんから」
「そうなのですか」
「結果としてスーノ殿と二人になっていますが、スーノ殿の従兄弟のマッシ・シロント殿も一緒の三人の予定だったのです。それがマッシ殿が都合で来られず、結果としてスーノ殿と二人になったのです」
「毎回ですか?」
「毎回、と言いますか、最初の頃はで・・・何度目かからはマッシ殿の事をスーノ殿が言いませんでしたし、わたくしも訊きませんでしたので、最後までマッシ殿を誘っていたのかに付いては分かりませんが」
「ではコーカデス卿は、スーノ・シロント殿とのデートの積もりではない、と言うのですね?」
「はい。もちろんです」
レントが真剣な表情で肯くのを見ながら、恋人の浮気を責めるセリフの様な言葉を自分が口にしている事に、ミリの気分は下がっていた。
「コーカデス卿がデートだと思っていないと言う事は分かりました」
「ありがとう御座います」
そう言ってからレントは、ここで礼を言う事が正しい選択だったのかに付いて不安を感じる。
「ですが、コーカデス卿がそうだとしても、スーノ・シロント殿の気持ちはどうなのでしょう?」
そう言ってミリは、恋人の浮気を責めている様なポジションから、女性の気持ちを守り男性の言動を糾す立場に重心を移した。
言われたレントの眉尻が下がる。
「スーノ殿がどうだったのかと言われても・・・」
レントはスーノも自分と同じ考えだと思っていた。レントとのデートではなく、レントへのガイドだと思っていると。
しかしそれをこの場でどうやって説明すればミリが納得するのか、レントには思い付かない。スーノを喚んで来て説明して貰う事が頭に浮かんでしまい、今すぐ効果がありそうな他の案は出て来なかった。
「ミリ様はスーノ殿がデートだと思っていたと思うのですね?」
「スーノ・シロント殿には婚約者はいません」
「え?」
「え?」
レントはミリが急に話題をずらしたと思って戸惑ったのだが、ミリはスーノが婚約している事が公開されていないだけで、それをレントが知っているのかと受け取る。
「婚約なさっていましたか?」
「あっ、いえ。知りませんが、していないと思っていました」
「・・・スーノ・シロント殿が婚約していたとしても、お相手はコーカデス卿ではないのですね?」
「いや、何故ですか?」
「え?コーカデス卿なのですか?」
「いや、違いますよ。何故わたくしがスーノ殿の相手だとお思いになるのですか?」
「いえ、それは、この流れでしたら、そうなのかと」
「この場の流れはミリ様が産み出しているのではありませんか。違いますから。わたくしはミリ様にプロポーズをしているのですよ?」
「プロポーズではなく振りですね?」
「いや、まあ、そうですけれど。でも、ミリ様にプロポーズの振りをして置きながら、他の方と婚約をするなんて、あり得ないではありませんか」
「それはそうなのですけれど」
「まさか、ミリ様にはわたくしがその様な事をする人間に見えているのですか?」
「いえ違います!そうではありません!そうでは、ありませんが・・・」
言い淀むミリの様子に、レントは肩を落とした。
「・・・そう見えていても、わたくしに向かってそうだと仰る事はありませんね。今のは無意味な質問でした」
「いえ、違います。咄嗟に、条件反射的に、起こり得るパターンの一つとしてそれが浮かんだだけで、必ずしもコーカデス卿がそうだとは思ってはおりませんから」
体を少し前に乗り出しながら言い訳をするミリの様子に、レントはふっと力を抜いた。
「ええ。分かっております。意地の悪い言い方をしてしまいました。申し訳ありません」
レントが頭を下げたので、ミリは慌てる。
「あっ、いえ。わたくしこそ、迂闊な問いを口にしました。申し訳御座いませんでした」
そう言ってミリも頭を下げた。
二人揃って頭を上げると、レントはミリに微笑みを向ける。
ミリも微笑み返すが、話の流れがレントのペースになってしまいそうな気がして、その眉尻と口角は僅かに下がっていた。




