必要な事、不要な事
ソロン王太子は自分も王族生まれの王族育ちなので、王族だから知識が広がらないと言うミリの話が理解出来なかった。
「どうしてだい?」
「わたくしはデドラとピナの他に、平民のフェリ・ソウサにも商売に付いて習いました。実際に物が売り買いされる所を見ながら、計算方法や値段の決め方を教わったのです。その知識がデドラの教える経済に紐付きましたし、ピナの教える礼儀作法の歴史が他国との流通に絡む事もありました」
「礼儀作法と流通が?」
「はい。礼儀作法にも流行り廃りがあり、それは他国との交易の隆盛と関連しています。交易のない国の礼儀作法が直接この国に影響する事はありませんし、歴史的に交易が増えた国の礼儀作法をこの国でも取り込んで、逆にこの国の礼儀作法が他国の礼儀作法に影響したりもしています。ソウサ商会の昔の出納帳に記載されている取り引き商品からも当時の状況がうかがえるのですが、その様な事は教科書に載る事はありません。事実に基づいて教科書は作られていますけれど、教科書に書かれている事は事実に対してのその教科から見た側面だけですので、教科書だけでは中々知識は膨らまないと思います」
「それはサニンが王族なので、経験が足らないと言う意味かい?」
「はい。サニン殿下の知識はどれも他の人の経験を通した物ではないかと思い、御自分自身の経験が知識と紐付かないので、知識同士を繋げるノリが不足するのではないでしょうか?」
「・・・なるほど。確かにサニンも護身術は習っているけれど、普段の服装で泳いだり、狩った動物を自分で捌いたりしてはいないな」
「あの、それはどうやら他の方もやってはいない様なのですが」
「そうだね。魚を捌いたりなんて、平民でもやった事のある人はこの国では僅かだろうしね」
「・・・はい」
「そうするとサニンに必要なのは、ミリ殿に先生になって貰う事よりも、ミリ殿に師匠になって貰う事なのかな?」
「師匠ですか?」
「ああ。ミリ殿に弟子入りして、ミリ殿が経験する事をサニンにも一緒に経験させれば、サニンの知識は広がるのではないかい?」
「あの、王太子殿下もサニン殿下と同じ様に幼少期を過ごしたと思いますが、王族の方にはわたくしの様な経験は必要無いのではありませんか?」
「私の頃は同世代の子達ともっと遊んだからね。サニンにも遊ぶ時間は用意しているのだけれど、領地にいた頃はいつも同じメンバーと同じ様な遊びをするだけで、遊びの種類はサニンはかなり少ないな」
「そうなのですね」
「ああ。ただしその事は今まで、全く気にしていなかった。サニンはあまり積極的には遊ばずに、却って私より勉強時間が長いくらいで、親としてはどちらかと言うと安心していたからね」
「そうなのですね」
ミリは肯いたけれど、自分はこれまで殆ど遊ぶ時間が無かったので、遊ぶ事が経験としてどの様に影響するのかは、良く分からないと思っていた。
「王族の方に取って、遊びがどれ程有効なのかは分かりませんが、サニン殿下に必要な事はわたくしを真似る事ではなく、人の目を通した情報から事実を見付ける経験ではないでしょうか?」
「それは、どう言う事かな?」
「サニン殿下はやがて国王になるお方なのですから、物事を御自分の目や耳で確かめて御自分の手足を動かすより、報告を聞いて指示を出す事を身に付ける必要があると思います」
「それはそうだね」
「ですので、王太子殿下の仰る通りに遊びの質は考慮する必要があるのかも知れませんが、わたくしと行動を共にしても、サニン殿下の将来に役立つ経験は得られないのではないでしょうか?」
「それはミリ殿が自分の目と耳と手足を使っているから、と言う事かな?」
「はい」
「サニンが知識と知識を結び付けるのに、サニン自身の経験は役に立たない?」
「知識を結び付けるのには役に立っても、サニン殿下の将来には役に立たないかと存じます」
「それは王族は民の暮らしを知らなくても良いと聞こえるけれど?」
「その民の暮らしを把握するのにも、臣下への指示や臣下からの報告を通してでなければならないのではないでしょうか?」
「・・・ミリ殿はこの町で他国の風習に触れる事も、王族には不要だと言うのかな?」
「王太子殿下と王太子妃殿下に喜んで頂ければとは思いますが、王族の方には必要ないと考えています。わたくし達は両殿下をお迎えするに当たり、王族としてではなく、あくまで個人として楽しんで頂く事を望んでおりました」
「王族への対応を行っているのにかい?」
「はい。こちらのサービスの目的は、お客様の身分に関係なく王族待遇を経験出来る事ですので」
「・・・なるほど。それは平民でも、王族の様に扱うと言う事か」
「はい。それぞれ各国の様式で、王族待遇を受けて頂けます。その他に貴族待遇や富裕層待遇も選べますが、王族の方にそれらのコースを提供する事は御座いません。王族の方の個人的な経験としても、それらは不要だと考えております」
「・・・サニンは王族としての振る舞いを覚える事は必要だけれど、それ以外は不要だと言う事か」
「はい」
友達うんぬんに付いては分からなかったけれど、これに付いてはミリは確りと肯いた。




