ソロン王太子からのお願い
ミリはソロン王太子に喚び出され、王太子夫妻の泊まる部屋を訪ねる。
使用人に案内されて中に通されると、ソロン王太子が立ってミリを迎えた。
「王太子殿下。お喚びと伺い参りました」
「ああ、良く来てくれたね、ミリ殿。さあ、こちらに掛けて来れ」
「ありがとうございます。失礼致します」
ミリはソロン王太子の示すままに席に着く。その正面にソロン王太子は座った。
ニッキ王太子妃の姿が見えない事がミリには気になっていたけれど、ソロン王太子が正面に座った事で、ニッキ王太子妃はこのまま姿を見せないのだろうとミリは感じ取る。
王太子夫妻が揃っての話なら、クレームにしろ要望にしろある程度の予想が付くけれど、ソロン王太子一人ならどの様な話を振られるか絞りきれない。
ミリは面倒な事が始まる予感を抱いた。
「ミリ殿に来て貰ったのは、用件が二つあるからだ」
「はい。どの様な御用件でしょうか?」
「一つは学院から依頼された話で、来年度、ミリ殿が学院に入学したら、礼儀作法の授業を補佐して欲しいそうだ」
「補佐、と言いますと、どの様な事をするのでしょうか?」
「授業のサポートと聞いている。後は生徒達の手本になって欲しいそうだ」
「そうなのですか。ところでそのお話は、王太子殿下とはどの様な関係があるのでしょうか?」
「いや。私はミリ殿への打診の伝言を頼まれただけだ。ミリ殿が学院には通わないかも知れないと言う話を聞いていたから、通って貰う為に予め業務を依頼しておきたかったのかとは思った。手紙だけより王太子から話した方が、引き受けて貰えると思ったのはあるかもね。でも私としては、ミリ殿が断っても全く構わないよ?」
「分かりました」
「そしてこれが学院長からの手紙だ。条件等は話し合いで決めると聞いているけれど、検討してみてあげて欲しい」
「はい、畏まりました。両親とも相談して、回答をさせて頂きます」
「ああ、よろしく頼むね」
「はい」
ミリは肯くと、ソロン王太子から手紙を受け取る。ソロン王太子もミリに肯き返した。
「さて、もう一つは私からのお願いだ」
「はい」
こちらが本題だ、とミリは姿勢を正す。
「あまり構えなくて良いよ?」
「はい」
「予め言っておくけれど、断って貰っても構わないからね?」
「・・・はい」
ミリが却って構えたので、ソロン王太子は苦笑を漏らした。
「そのお願いと言うのは、サニンの家庭教師をして貰えないかと言うものなんだ」
「・・・サニン殿下には既に教師の方が付いているのではないでしょうか?」
「ああ、そうだね」
「その方達の代わりになのでしょうか?」
「そうだね」
「・・・何故、代わりにわたくしなのでしょうか?」
「そうだね。先ず言っておくけれど、今の先生方の授業内容に不満がある訳ではないのだよ」
「そうなのですね」
「ああ。でもね?どうしても、こう、サニンは勉強は習うものと思ってしまっている様で、主体性に欠ける気がしているんだ」
ミリはソロン王太子の言葉から、サニン王子が勉強に気が入らないのかと感じる。しかしそれを確認するのは不敬に当たるかも知れないと考えて、口には出さなかった。
「真面目に授業は受けているのだとは思うけれど、なんと言うか」
真面目に授業を受けているのであれば、問題がない様にミリには思える。
「どうだろう?ミリ殿は勉強は楽しいかい?」
「・・・どうでしょう?」
ミリは考えてみた事もない事を訊かれて、何をどう答えれば良いのか分からなかった。
「デドラ・コードナ夫人やピナ・コーハナル夫人から勉強を教わっていたのだよね?」
「はい」
「楽しくはなかった?」
「・・・分かりません」
「分からない?楽しくはなかったと言う事かな?」
「わたくしに取ってデドラやピナの授業は、わたくしに必要な事でしたので、楽しいかどうかとは別のものでした」
ソロン王太子は小首を傾げる。
「・・・楽しくも楽しくなくもなかったと言う事?」
「はい」
「新しい事を知る事が嬉しかったり、上手く出来ない事が辛かったりは?」
「辛かったのはありました」
「でも出来ない事が出来た時は嬉しかったりしなかった?」
「出来て当たり前ですので、嬉しいとは特には」
「・・・そうなのか」
「はい」
「・・・今は?今は自分で勉強をしているよね?」
「勉強と言いますか、今はこちらで事業を行っておりますので、それに関する知識は増やしたりはしておりますが、勉強と言うのとは違うかと思いますし」
「机に向かって教科書を読んだり、問題を解いたりはしないのかい?」
「事業で発生した問題は解決策を考えたりもしますが、それは皆と相談したりしながらですので、仰る様な勉強はしてはおりません」
「全く?」
「はい」
「それはもしかして、机に向かう様な勉強をする時間がないからかい?」
「計画的な時間が取れないのは確かですが、時間が開けば病院の手伝いやホテルやレストランの裏方の手伝いを行っておりますので、時間があっても勉強らしい勉強はしないかも知れません」
「・・・そうなのか」
「はい」
「それでは、サニンの教師をして貰う事も難しいかな?」
「王都に行けば計画的に時間を使える想定ですので、お引き受けする事は可能だと思いますが、そもそも何故、わたくしなのでしょうか?」
「それは、ミリ殿は説明したりするのが上手いと思ったし、様々な知識も既に持ち合わせていると思ったからね」
「それはわたくしより、今のサニン殿下の教師の方達の方が上なのではありませんか?」
「う~ん?どうだろう?一人一人はミリ殿よりは知識はあるかも知れないのだけれど、それぞれ専門的なので、教わっていてもサニンの知識があまり広がっていかない様に感じるのだよね」
「・・・そうなのですか。ですがそれは、王族であるサニン殿下に取っては、仕方のない事ではないのでしょうか?」
「え?サニンが王族だから?」
「はい」
ソロン王太子は眉根を寄せた表情で、肯くミリを見詰めた。




