結婚の扱い
ミリを結婚させない。それは単に娘を可愛がる父親が良く口にする言葉以上の意味を持たない筈だった。
確かにミリはラーラにそっくりだから、最愛のラーラにそっくりなミリを誰かの嫁にさせる事など、ラーラが奪われる様な錯覚も感じてしまい、バルには許せるものではなかった。
その錯覚は、ラーラを守れなかった事への後悔が心の底に消えずに残っている事を原因として、バルの強迫観念に紐付いてしまっていた。
しかしミリとレントの交際練習を許した時にはもう、ミリを結婚させないと言うバルの考えは揺らいでいた。確固たる信念の筈だったのだが、ミリとの交際練習を求めるレントからの説得を受けている間に、その信念の根元が揺らぎ始めていたのだ。
それからバルは周囲の人達が、ミリを結婚させないと言うバルの言葉を前提として話をする度に、ミリを結婚させないとする事が正しい事なのかと、問いを突き付けられているかの様に感じる様になっていた。
ラーラがバルの子を身籠もった事は、バルは手放しで喜んだ。バルはラーラのお腹に自分の子がいる事に、大きな幸せを感じたのだ。
ラーラと結婚できた事はバルに取って本当に幸せだった。しかしラーラが自分の子を妊娠してくれた事は、それを上回る幸せをバルに感じさせていた。
バルはラーラと結婚出来た幸せと、同じくらいの幸せをミリに与える自信があった。だからこそ、ミリを結婚させないと主張出来たのだ。
しかしラーラが自分の子を身籠もった事の幸せは、ミリに弟妹を作って上げる事では足りない様にしかバルには思えなかった。
ディリオとの接し方を見ても、ミリが子供好きなのは分かる。
しかしこれまで結婚をさせないと言われていたミリが、自分の子供を望んだりする事があるだろうか?いや、ミリ自身がまだ子供なのだから、その様な事など考えていない?
だがもしバルがミリの結婚を許したのなら、ミリは子供を産む事を周囲から求められるだろう。相手が貴族ならなおさらだ。
これまでとこれからと今の事が絡み合って、バルは自分の思考を前に進められないでいた。
「ミリ」
「はい、お父様」
「私はミリを結婚させないと言っているよね?」
「え?はい」
「ミリはその言葉を守ってくれようとして、偽装結婚はしても本当の結婚はしないのだよね?」
「はい」
「しかし私が結婚をする様に言ったら、ミリはどうする?」
「それはもちろん結婚をします」
「・・・そうか」
「はい」
「結婚自体はしたくない訳ではないのだね?」
「したくない・・・はい」
「違うのかい?」
「したいしたくないに関わらず、お父様の命令には従う積もりです」
「命令って、そうではなくて、私が結婚をしても良いと言ったら結婚をする?それともしない?」
「バル」
ミリが口を開く前に、ラーラが口を挟む。
「何?」
「今のミリにそれを訊いても意味はないのではない?」
「いや、何故だい?」
「相手もいないのに、結婚をするもしないもないでしょう?」
「いや、だけど、こう、結婚に夢を見たり、結婚に憧れたりはあるだろう?」
「バルはミリから何が訊きたいの?」
「何がって、質問した通りだよ?ミリが結婚をするかしないか」
「・・・分かったわ。どうぞ、続けて」
そう言うラーラの様子が気にはなったけれど、ラーラとは後で二人きりで色々と話をする積もりだったのでその時に確認する事にして、バルはミリへの質問を続ける事にした。
「それで?ミリ?どう?」
「私は結婚はしません」
「そうか」
バルはミリの言葉に肯く。そしてバルが話を続けない様子なので、ラーラがまた口を挟んだ。
「バル?多分バルが感じている事とミリが考えている事は違うわよ?」
「え?どう言う意味だい?」
「ミリ?何故結婚をしないの?」
「それは、結婚をする必要がないからです」
ミリの答えにバルの眉根が寄る。
「必要?」
「ミリ?必要がないのは何故?」
「何故?お母様?何故と言うのはどう言う意味ですか?」
「そのままの意味よ。何故必要がないと思うの?」
「何故・・・」
「では逆に、どう言う場合には結婚が必要なの?」
「それは子供を産んだり育てたりする場合です。女性が一人で子供を産んだり育てたりする場合には、経済力が問題になります。女性の方が収入が多い場合も、出産前後は仕事を休む必要がありますので、その間は男性の収入を当てにする必要がありますし、出産後には育児を男性に任せて女性は仕事に復帰する事になる筈です」
「え?ミリ?」
「ミリ?もし働かなくても暮らしていけるなら、結婚は不要と言う事?」
「はい」
「いや、ミリ?そうではないだろう?」
「え?お父様?」
「ラーラ?ラーラが俺と結婚してくれたのは経済的理由ではないよね?」
「ええ、まあ」
「まあ?」
「バルと結婚していなかったら、ミリを育てられなかったと言うのはあるわ。そこには精神的な、バルに心を支えて貰ったからと言う部分もあるけれど、もしコードナ家からもソウサ家からも追い出されて財産もなかったら、やはりバルに働いて貰わなければミリを産んだり育てたり出来なかったと思うし」
「いや、それは分かるけれど、それは架空の話だろう?」
「架空と言うか、そう言う可能性もあったと言う事よね?」
「いや、ミリの事がなくても俺と結婚してくれたよね?」
「・・・可能性で良ければ」
「可能性?」
バルと結婚したと断言をしないラーラに、バルは情けない顔を向けた。




