ミリへの期待と役目
バルはミリの結婚は、偽装結婚でも許さない。それにミリは納得したけれど、ラーラはそうではなかった。
「いいの?バル?」
「何が?」
「何がって、ミリの偽装結婚を許さないのでしょう?」
「いや逆に、何でラーラは俺がミリの偽装結婚を許すと思っているんだい?心外なのだけれど?」
「バルがと言うか貴族として、そう言う判断はあるかと思って」
「貴族として?偽装結婚を?どうしてその様に思うんだい?」
バルは不安を感じる。平民出身のラーラに取って、自分を含めた貴族がどの様に思われているのか、分からなくなって行く様にバルは感じた。
「どうしてって、ミリをずっと傍に置きたいのでしょう?」
「それは、でも、家族は一緒に暮らすものだから」
「でも、この子がもし女の子だったら」
ラーラは視線を下げて手で自分のお腹を擦り、手を止めて顔を上げてバルを見る。
「貴族の娘として、コードナ侯爵家の利益となる結婚が求められるのではない?」
ラーラにそう言われ、バルは咄嗟に言葉を返せない。それは、ラーラの言う通りだからではなく、バルはその様な事を考えてみた事がなかったからだ。
まだ顔を見た事がないどころか性別も分からない胎児に、どの様な結婚をさせるかなど、ラーラに言われてからでもバルには考える事が出来ない。
その事でバルは戸惑いを感じたけれど、ラーラはそれをバルが動揺をしたと受け取った。
「それだからミリを傍において、でもコードナ侯爵家の役に立てるなら、偽装結婚は選択肢になると思うけれど」
「いや、だから、何でだよ?」
「何でって、ミリもコードナ侯爵家の一員でしょう?」
ラーラが不思議そうな表情をする事がバルには不思議に感じる。
「当然じゃないか」
「けれどバルは結婚をさせないって言うから、ミリがコードナ侯爵家の役に立つには、偽装結婚しかないかなって」
「いや、何を言っているんだラーラ?ミリは充分役に立っているだろう?」
「コーカデス領のね。後は王宮での説明会で国の役には立っているし、チリン様の出産を手助けしたりもしたけれど、コードナ侯爵家の役には」
「そんな事ないだろう?!ラーラ!ミリの前で何て言う事を言うんだ!」
「違うわよバル」
「いいや違わないじゃないか!」
「違うから。私ではないから」
「何が!他の誰でもその様に考えるのは赦さない!」
「だから、そう感じているのはミリだから」
「・・・え?」
バルが目を見開き、その様子にラーラは少し慌てた。
「あ、違うの。ミリとその様な話をした事があるわけではないし、私が勝手にミリがどう思っているか考えただけだからね?私の勝手な解釈だから、バル?この事でミリに何かをしようとかさせようとかは思わないでね?」
「いや、それは・・・ラーラ・・・ミリ?」
「はい、お父様」
「その様に考えたり、ラーラが言う様なことを感じたりしているのかい?」
「コードナ侯爵家の役に立ちたいとは、コードナの姓を名乗らせて頂いていますので、考える事があります」
バルが顔を蹙めたので、ミリは言葉を足す。
「けれど、常に考えている訳ではありません」
「いや、だが、コードナのお祖父様もお祖母様も、お前を可愛がっているだろう?」
「はい。それは感じていますけれど、それに対しては何もお返し出来ていないと」
「いや、違うよ。逆だよ」
「逆?ですか?」
「お祖父様もお祖母様もお前が可愛いから可愛がっているだけで、お前に何かをして貰おうとかお前を利用しようとかしている筈がないんだ」
「それは、詰まり、お父様もですか?」
「もちろんだよ。役に立つとか立たないとかそう言うのではなくて、ただミリがいてくれれば」
「バル」
ラーラがバルの腕を引きながら小声で呼び掛けて、バルの言葉を遮った。
「え?ラーラ?」
バルはラーラを振り向くと、ラーラはバルに非難の目を向けている。
「え?なに?」
「後で。後で話しましょう」
「お母様?大丈夫ですよ?」
そう言って微笑むミリに、ラーラは悲しそうな表情を向けた。
「ミリ?違うのよ?」
「ええ。分かっています」
「分かっている?」
ミリとラーラが何を通じ合っているのか分からないバルは、眉根を寄せて眉尻を下げる。
「何を分かっているんだい?」
「お父様は私が何の役にも立たなくても、赦して下さるのですよね?」
「ミリ、違うから。お父様が言いたいのはそうではないわ」
「お母様。私は自分を卑下している積もりはありません。ただ、お父様の役にもコードナ侯爵家の役にも立っていないなと、それは事実ですので」
「確かにお父様はミリを可愛がっているし、それだけで良いとは思っているだろうけれど、ミリ?子供は普通は役に立たなくても良いの」
「でもお母様は子供の頃から行商で、ソウサ家に利益をもたらしていましたよね?」
「そんなの、微々たるものよ」
「そうですか?曾お祖母ちゃんに見せて貰った帳簿では、当時のお母様の売り上げはかなりの金額になっていました」
「それは多分、兄さん達に負けない様に張り合っていた頃のだから。例外だから。ほら、お父様は貴族なのに普通の子供だったでしょう?」
「お父様は派閥に囚われずに、広く交流を持っていました。それはコードナ侯爵家の利益になっていたのではありませんか?」
ミリにそう言われてラーラは言い返せなかった。ラーラはバルを見上げる。
バルはここまでミリに何を言ったら良いのか分からなかったが、これならミリに反論できると感じた。
「広く交流したとは言っても子供同士の話だし、そもそも当時は今より派閥の締め付けが弱かったからね。今みたいになったのは王都の暴動からだよ」
「それは他の方に取っても同じ筈で、その中でお父様は他の方よりかなり幅広く交流をなさっていましたよね?」
「それは、そうだけれど」
そのバルの交流と言うのは、女の子と仲良くなる事を目的していたものだ。しかしそんな事はバル自身からはミリに言えなかったし、ラーラも気付いていたけれど言えなかった。もちろんミリも言わない。
「王都の社交が途絶えたままですので、王都育ちの私に出来た事は少なかったとは思いますが、地方では家同士にそれなりの交流があって、子供達にも既にグループが出来ています。その中で私がお父様程ではなくてもコードナ侯爵家の役に立つ様な交流を行えるかと言うと、それはかなり難しいだろうと考えています」
「いやミリは、そんな努力なんてしなくても良いんだよ?」
「バル」
ラーラが小声で呼び掛けながら、またバルの腕を引いた。バルはラーラを振り向くが、ラーラが何を言いたいのかは読み取れない。
ミリはバルの言葉に肯いていた。
「はい。分かっています。私は貴族令嬢としての教育を授けて頂きましたが、社交に付いては経験が足りません。何を失敗するか分からない私より、同世代との交流に長けているジゴが学院に通う為に王都に来てから任せる方が、安全で確実だとは私も分かっています」
「いや、そう言う、適材適所などの話ではなくて、ミリは無理をしなくて良いと言う話だから」
「はい」
バルの言葉にミリは静かに肯く。
バルはミリの考えている事は分からなかったが、自分の言葉が自分の気持ち通りには伝わっていない事は分かった。




