偽装の可否
「私にプロポーズをしている事にする事の許可を取った事に付いて、コーカデス卿は後悔をしているでしょう」
「それは、コーカデス領の乗っ取りの足掛かりにされるから?」
「はい。その可能性には既に気付いていると思います」
肯くミリにバルは顔を蹙める。
「私はその様な事、考えた事もないよ?」
「お父様がそう言うタイプではないと私も思っています」
ミリの言葉にバルは表情を緩める。
「しかしお母様は私と同じく利益に拘るタイプです。そしてお母様が望めばお父様はそれを叶えようとすると、思っている人は多いでしょう」
そう言われるとラーラもバルも、ミリの言葉を否定し難い。
「この町の最初のお客様として王太子夫妻にいらっしゃって頂けた事は、コーカデス卿に取っても計算外だったと思います。この事を機にこの町は急速に認知されますし、憧れの地になるでしょう」
それはラーラもバルも感じていた。
「そして王太子夫妻からもチリン姉様達からも、滞在費を頂いていません。つまりこの後の問い合わせや予約申し込みの状況を見てから値段を決めても構わず、利益の上振れが望めるのです」
話の筋がずれた様に感じ、バルは小首を傾げる。
「その利益が大きくなればなるほど、お母様がコーカデス領を欲する可能性をコーカデス卿は考えるでしょう」
「コーカデス卿が私の事をそう思っていると言うの?」
自分のイメージが余り良いものに思えず、ラーラの眉尻が下がった。
「お母様と言うよりは私へのイメージがそうですね。私はかなり利益にうるさく強欲だとコーカデス卿に思われていますので、私と見た目がそっくりなお母様も私と重ねて見られていると思います」
ミリが強欲?とバルは眉根を寄せて小首を傾げる。しかしラーラは肯いた。
「それに私ではなくてミリが望んでも、お父様はコーカデス領を手に入れようとするでしょうからね」
そのラーラの言葉にはバルもミリも小首を傾げる。バルはミリがコーカデス領を手に入れたいと考えるとは思えなかったし、ミリは自分が望んでもバルは反対するだろうと考えていた。
しかしラーラはミリとバルならやるかも知れないと考えている。
「この話をしたと言う事は、ミリはその気なの?」
「え?いえ。そうではありません」
「そう?」
「はい。それにプロポーズをしていると言う話に付いては、コーカデス卿が広めていませんから」
「でも振りをする許可を貰う為に、コードナのお祖父様にも話を通しているから、プロポーズしていた事は事実として扱おうと思えば扱えるわよ?話を広めてしまえば、プロポーズをした事を否定するコーカデス子爵より、された事を肯定するコードナ侯爵の方が信用されるでしょうし」
思わぬ所まで話が進みそうでバルは慌てた。
「いや待ってラーラ?」
「なに?バル?」
「それだとミリがコーカデス卿と結婚する事になってしまうだろう?」
バルは話を止めようとそう言うけれど、ラーラはそう仮定して話をしている。
「コーカデス卿と結婚すれば、ミリは一生コーカデス領の開発を楽しめるのよ?ねえ?ミリ?」
「お母様。私はコーカデス卿がその様に考えるだろうと言う話をしているだけで、コーカデス領を乗っ取る積もりはありませんよ?」
「でもコーカデス卿はミリに領地開発を任せてくれているでしょう?」
「手放しではありませんよ?御存知だとは思いますけれど、コーカデス卿には報告もしていますし、必要な所では予めコーカデス卿の許可を取っていますし」
「そうだけれど、もし他の領地に嫁いでも、これ程ミリの好きにはさせて貰えないんじゃない?ねえ?バル?」
「いや、何でミリが嫁ぐ話になっているんだい?」
「そうですよ、お母様。お父様は私を結婚させないと仰っているではないですか」
「でも法律上は婚姻を結んでも嫁がずに、ずっと私達と一緒に暮らすのでしょう?それなら構わないわよね?バル?」
「いや、待ってくれ」
「え?書類上だけでもダメなの?」
「いや、そうではなくて、結婚ってそう言うものではないだろう?」
「政略結婚ならそうではないの?」
「いや、そうだけれど、そうかも知れないけれど、跡継ぎの事だって」
「それはお父様とお母様の子が」
「ミリ?ミリはコーカデス卿と結婚する積もりなのかい?」
「いいえ。お父様は書類上でも私が結婚する事が嫌なのですね?」
「嫌って言うか、そうじゃなくて」
「つまりバルも賛成なの?」
「ラーラはその気なのか?じゃなくて、ちょっと待ってくれ」
バルが頭を下げて左右に振った。
バルは目を閉じた状態で顔を上げて、大きく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐くと目を開けた。
「それは政略結婚と言うより、偽装結婚だろう?」
「ええ」
「はい」
「それに政略結婚だとしても、夫婦として向かい合っている筈なんだ」
「それはそうよね」
「一緒に暮らすのであれば、お互いの理解は必要だと思います」
「いや、だから待ってくれ」
「待っているわよ?」
バルの言葉にラーラの眉根が寄り、ミリは小さく肯く。
「お母様ではなく私ですね?申し訳ありません、お父様」
「あ、いや。うん。それで、政略結婚でも夫婦は夫婦になろうと互いに努める筈だけれど、偽装結婚ならそうではないだろう?」
「それはそうでしょうね」
ラーラは肯いたが、ミリは言葉を返さないだけではなくて、バルの言葉に肯定も否定も態度に現さなかった。
「夫婦になろうとか、夫婦として向き合うとか歩み寄るとか、そう言う事はしないと思うんだ」
「偽装結婚なら必要ないでしょうね」
「その様な結婚を私がミリにさせる訳はないだろう?」
偽装結婚ならバルが許すかも知れないとミリは思っていたけれど、しかしどうやらそうではないと考えを改める。それはそれで選択肢がシンプルになって楽になったとミリは感じた。




