ミリからのレントの位置
「何故?」
バルが呟く。そして顔を蹙めた。
「何故なんだ?」
「バル?」
ラーラはバルを見上げる。バルはラーラには応えずにミリを見詰めていた。
「コーカデス卿はミリに交際練習を申し込んだじゃないか?」
ミリは目を僅かに細める。
「はい」
バルはミリの言葉の続きを待ったが、ミリはその一言だけで口を閉じ、バルを見詰めるだけだった。バルの眉尻が下がる。
「プロポーズもさせてくれって言っていたよね?」
「プロポーズをしている事にして欲しいとは言われました」
ミリは顔を動かさずにそう答えた。バルの眉尻が更に下がる。
「それなのに何故?何故他の女の子と付き合っているんだ?」
「それは単に、私との交際練習も私にプロポーズをしている振りも、もう必要がなくなったからではないでしょうか?」
「いや、何でさ?」
バルの今度は眉根が寄った。ミリは小さく息を吐いてから口を開く。
「何でと言われましても、スーノ・シロント殿は跡取りではありませんので他家に嫁ぐ事が出来ますし、コーカデス家との家格も合います。年回りも合いますから、コーカデス卿のお相手として疑問はないかと」
「いや、疑問だろう?ミリはどうなるんだ?」
「どうとは?」
「別の女の子と交際練習をするから、ミリはもう要らないって言うのか?」
バルの言葉にラーラは顔を蹙めた。しかしミリは気にした様子を見せずにバルに答える。
「コーカデス卿が私と交際練習をする目的は、コーカデス領開発に私の時間を使わせる為の筈です。交際練習の為に王都に喚び出して私の時間を使うよりも、コーカデス領に私を滞在させて領地開発を続けさせる事は理に適っています」
「いや、でも、プロポーズまでするって言っていたんだよ?」
「私にプロポーズをしている事にするのも、コーカデス卿が余計な縁談を避ける為の筈です。表向きは、爵位を持つとは言え子爵家の男性であるコーカデス卿が、三男の娘とは言え侯爵令嬢である私にプロポーズしても中々OKが出ない状態となりますが、その裏では血筋に問題のある私と結婚する筈がないとは皆が思いますので、それよりはスーノ・シロント殿と親密になった方がコーカデス家としてもメリットが多いでしょう」
「ミリ?・・・何を言っているんだ?」
「何をと言いますか、シロント子爵領は石材で有名ですので、今後コーカデス石を広めて行く為にも、スーノ・シロント殿との交際はコーカデス領に取ってもメリットがあります」
「メリットメリットって、そうじゃないだろう?ミリはどうなるんだ?」
「お父様が気になさっているのが私の名誉の事なのでしたら、コーカデス卿にプロポーズをされていると言う話はもちろん、コーカデス卿と交際練習をしていると言う事も人には知られていませんから、問題はないと考えています」
特に感情を見せずにそう言うミリに、バルは言葉を失った。
二人の会話が途切れた所で、ラーラがミリに問い掛ける。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「スーノ・シロント殿と交際する事は、ミリからコーカデス卿に提案したの?」
ラーラの問いにミリは小首を傾げた。
「いいえ?何故ですか?」
「何故って、ミリはその状況に賛成の様だし、スーノ・シロント殿とコーカデス卿の交際のメリットを強調しているし」
「いいえ」
首を左右に小さく振ってから、ミリはラーラを見詰める。
「コーカデス卿ならこの程度は、私が提案しなくても御自分で考え付きます」
「・・・そうね。確かに、ミリとの交際練習を求めた時も、コーカデス卿は色々とミリのメリットを挙げていたものね」
「はい」
「そのミリのメリットはなくなるけれど、コーカデス領の開発がこれだけ面白ければ充分か」
「ええ、お母様。私もそう思います」
「充分かじゃないし、そう思いますじゃないだろう?」
バルが低い声を出した。
「そう思いますじゃない。ミリ?ミリが利用されるだけ利用されて、軽んじられているって事だぞ?」
「でもお父様?お父様は私とコーカデス卿との交際練習に、反対だったのではありませんか?」
バルはミリの言葉に顔を少し後ろに下げる。
「それは、最初はそうだったけれど、許したじゃないか」
「許してはいますが、賛成ではないのですよね?」
バルの顔がもう少し下がった。
「それは、まあ、そうだけれど」
バルとしてはミリの交際練習に賛成とは言えない。それは相手がレントではなくても、誰であってもだった。
「お父様が私を結婚させないと言うのは広く知られていますから、コーカデス卿と私の交際練習を認めた事が知られると、危険な憶測を産んだかも知れません」
「危険な憶測?」
バルは眉根を寄せ、ラーラは小首を傾げる。ミリは小さく肯いた。
「はい。コーカデス領の乗っ取りですとか」
「いやどうしてその様な話になるんだ?」
バルは考えた事もない事をミリに言われて戸惑う。自分がその様な事を企む人間だと娘に思われているかと思うと、情けなく悲しく寂しくあった。
しかしミリはそのバルの気持ちを汲み取らずに返す。
「例えば私をコーカデス卿と書類上は婚姻させて、でも嫁には出さず、そして兄弟のないコーカデス卿の跡継ぎに、お父様とお母様の子を据える、ですとか」
そのミリの言葉にバルもラーラも目を見開いた。
「私達の子?ミリの子ではなくて?」
ラーラの問いにミリは困惑を顔に浮かべる。
「お母様?結婚をしないのに、私が子供を作るのは」
娘がとんでもない事を言い出したのでとても慌て、バルはとにかくミリの言葉を遮ろうとした。
「いや、ミリ?婚姻して嫁に出さないってどう言う事だい?」
バルの言葉にミリは表情を消して答える。
「法律上は結婚しますけれど嫁がずに、私がお父様とお母様とずっと一緒に暮らす状態です」
いつの間にかミリの論述に、ラーラのお腹の子の事やミリも家族と一緒に暮らすと言うバルの主張も組み込まれていて、バルもラーラも反論がし難くされていた。




