レントとミリへのチリンとスディオの認識
ミリはコーカデス領行きの船に乗る前に、コードナ侯爵邸に宛てて連絡を入れた。
バルの母リルデ・コードナ侯爵夫人はミリからの連絡を受けて、コードナ侯爵邸にパノの弟スディオ・コーハナルとその妻チリン・コーハナル元王女をお茶会に招待した。
そこにレントが通り掛かり、スディオとチリンと面識を持つ。ミリの考えに沿ってリルデは場を調えた。ただしミリはパノの母ナンテ・コーハナルも同席する想定であったが、ナンテはディリオと留守番をする。
そして予定通りにチリンとスディオはレントと面識を持つ事が出来たのだが、そのお茶会の最中にチリンとレントの間には会話が生まれなかった。
社交の経験がないレントには、チリンに何と話し掛ければ良いのか分からない。共通の話題はなさそうに思える。
スディオは学院での様子をレントに尋ねたり、自分が在学中の話をしたりして、レントとの会話を持っていた。リルデも主催者として会話を回していたので、お茶会の席で話が途切れる様な事はなかった。
その様な中、スディオがコーカデス領の港町を訪ねる件を話題に上げる。
「ミリ殿が誘ってくれたので、近い内に、チリンと共にコーカデス領の港町を訪ねる積もりなのです」
「そうなのね。チリン様が王都を離れられる様になったからなのですね?」
「ええ」
リルデに肯いて返したスディオは、王族法の変更にレントが関与したかどうか確認するチャンスだと思って、レントに顔を向けた。しかしレントの方がスディオより先に声を出す。
「それはもしかして、港町のホテルの出来を確認して頂く為でしょうか」
「ええ、そうです。ミリ殿からチリンに確認を依頼され、オープン前に私とチリンを招待してくれました」
「そうだったのですね」
「コードナ卿はミリ殿から聞いていなかったのですか?」
「あ、いえ。どなたかに確認をお願いできないかとの話は、ラーラ様とはしていました。この後、ラーラ様から連絡が来るかと思います」
「そうですか」
「ですが、チリン・コーハナル様が王都を離れられる様に法改正されたのは、つい先日です。ミリ様からの依頼とは、先日ミリ様が王都にいらっしゃった時にですか?」
「ええ。コーハナル侯爵家を訪ねてくれて、依頼してくれました」
「そうだったのですね」
そう言うとレントは視線を下げた。
王都に来た時にミリは、レントには連絡を取っていない。レントは学院に登校していたので会えはしなかったのだけれど、王都に来る事の連絡もなかったし、コードナ侯爵家にもレント宛の伝言なども残していなかった。
知っていればスーノ・シロント子爵令嬢と約束などせずに、学院の授業が終わったら直ぐにミリに会いに行ったのにとレントは思う。それでは時間が合わないのであれば、学院を休んでも良かったのだ。
そこでリルデは話題をずらす。
リルデはミリが王都に来た時に、レントとも会うと思っていた。それなのにあの日、離れに帰って来たレントがミリが来ていたのかと確認に来て、リルデは驚いていた。リルデもミリが帰って来る事を知らなかったのだが、レントに会わないままコーカデス領に戻るとは思っていなかった。
その時のレントの落ち込み振りを思い出し、いままたレントの気分が下がったのを感じて、リルデはコーカデス領の港町の様子を話題に上げた。
コーカデス領の港町の話は盛り上がり、それが理由でレントが王族法改訂に関わっていたのかどうかをスディオは確認し損ねていた。
コードナ侯爵邸からの帰りの馬車の中で、スディオはチリンに話し掛ける。
「今日はどうしたんだい?」
「え?・・・ええ」
「行きの様子だと、コーカデス卿を問い詰めそうな感じだったけれど」
「・・・そうね」
「会ってみたら、チリンが思っていたのとは違った?」
「そうね・・・コーカデス卿も、まだ子供だったのよね」
「まあ、学院に入ったばかりだしね」
「ええ・・・」
「だが、まあ、領主を任されるだけあって、考えは確りとしていそうだよね」
「そうね・・・でも、まだ子供だわ」
スディオは、顔を俯き加減にして低い声でそう言うチリンの背中に腕を回し、その肩を抱いてチリンの体を自分の胸に押し付けた。
チリンは顔を上げてスディオを見て、また視線を下げる。そして呟く様に低い声を出した。
「コーカデス卿とディリオが重なって」
「ディリオと?」
「ええ。生まれて直ぐに両親が離婚して母親が出て行き、領地が荒れて爵位が二つも落ちて、入学前なのに爵位を嗣がなければならなくて、父親は籍を抜けて平民になって」
「え?それがディリオと重なったの?」
「普通なら、まだ守られている立場でしょう?」
「・・・そうだね」
「・・・お義母様がコーカデス卿の事をまだ子供だからと仰っていたけれど、私は分かっていなかったみたい」
「子供でも領主だ。コーハナル侯爵家に損害を与える様なら、コーカデス卿が子供でも手を抜かずに対応はするよ」
「それはそうだけれど、リルデ様もコーカデス卿を信用していそうだし、コーカデス卿はミリちゃんをただ利用しようとしている訳ではないのかしら?」
「ミリが領地開発に熱中しているのは本当だろうし、その場をコーカデス卿が提供しているのも確かだよね?コーカデス卿がミリを利用している側面はあるけれど、当然ミリはそれを分かっているし、バルさんもラーラさんもやはり分かっているだろうし、その上でコーカデス卿の事も利用している、と言うか、あの人達が利用しない訳はないよね?」
「そう?」
「そうだよ。だってコーカデス卿、弱点が丸見えじゃないか。バルさんはともかく、ラーラさんとミリの商人魂が放っておくなんて出来ないと思うよ?」
「・・・でも・・・」
「でも?」
「コーカデス卿の行動は、ミリちゃんを軽んじている様に私には感じられるの」
「それはあるかも知れないけれど、チリン?」
「なに?」
「コーカデス卿よりもっとあからさまにミリを軽んじる人はいると思わない?」
「コーカデス卿はまだましだから、と言う意味?」
「いや、違って、軽んじられている事は当然ミリも分かっているだろうし、その事をミリが利用しない訳はないと思わない?」
「利用って、ミリちゃんもまだ子供よ?」
「子供だけどもう、商人だからね」
「仕事は出来て利益を出しているとしても、まだ子供よ?軽んじられたり、馬鹿にされたりして、傷付かない訳はないでしょう?」
「いや~、ミリは傷付く暇なく、利益を掴みに行くと思うけれどね」
「・・・ディリオが男の子で良かったわよね」
「え?なに?突然」
「何でもない」
体を背けて馬車の窓から外を見るチリンに、スディオは苦笑を浮かべる。
ミリをがめつい様に言ったので、チリンが怒った事はスディオにも分かっているけれど、ミリに付いてはチリンよりも自分の方が理解している、とスディオは思っていた。何せミリが生まれた直後から知っているのだから。




