レントの噂へのミリの評価
パノの母ナンテ・コーハナル侯爵夫人が、元王女チリン・コーハナルに言葉を掛けた。
「チリンさん」
「はい、お義母様」
「当時のコーカデス家と今のコーカデス家では違いますし、事件当時はコーカデス卿はまだ生まれていませんでしたから、コーカデス卿は疑わなくても良いですよね?」
「その違いと言うのは存じませんが、その人々に育てられたコーカデス卿は、コーカデス子爵家の都合が良い様に物事を見るのではありませんか?」
「会って話をした感じでは、その様な様子はありませんでしたけれど、ねえ?ラーダ?」
「・・・そうだな」
ナンテに同意を求められ、パノの父ラーダ・コーハナル侯爵は片手を顎に宛てて僅かに首を傾げる。
「議会での様子でも、物事を確りと見ている様には思えたな」
「そうなのですか?お義父様?」
「ああ」
チリンに向けて肯くと、ラーダはミリに顔を向けた。
「ミリはどう思う?私よりミリの方が、コーカデス卿には詳しいだろう?」
「会話をしたり手紙を遣り取りしましたが、詳しいと言える程ではありません」
「そうなのか?」
「はい」
「そう言えば、交際練習とかはどうなったのだ?」
ラーダが思い付いて何気なくそう言うと、パノの弟スディオ・コーハナルは眉尻を下げ、チリンは眉根を寄せて目を細める。
「お義父様はあの話を御存知ありませんか?」
「あの話?」
「いやチリン。ミリもいる事だし」
「だからこそはっきりとさせるべきでしょう?」
そう言ってチリンの睨む様な視線を受けて、スディオの眉尻は更に下がり、ナンテも困った様な顔をした。
チリンは睨む様な目付きのまま、視線をスディオからミリに移す。
「ミリちゃん?」
「はい、チリン姉様」
「コーカデス卿と仲良くしている令嬢がいる話は知っている?」
「ああ、あの話か」
ミリが答えるより早く、ラーダがそう言って肯いた。チリンはちらりとラーダを見たが、直ぐにミリに視線を戻す。スディオもナンテもミリを見て、ラーダもミリに顔を向けた。
四人に見詰められ、ミリは小さく息を吐く。
「シロント子爵家のスーノ・シロント殿の事ですか?」
「ええ」
「知っているのか?」
「はい、養伯父様。コーカデス領の石材の規格の話し合いで、彼女も話を聞きに来ていました。その時に名乗り合ってはいます」
「いや、その事ではなく、スーノ・シロント殿とコーカデス卿が仲が良いとの話の方だ。ミリはそれも知っているのか?」
「はい」
「いや、はいって、ミリ?」
「ミリちゃんはそれで良いの?」
「良いのと仰いますと?」
「ミリちゃんと交際練習したいと言っておきながら、ミリちゃんはコーカデス子爵領で働かせたまま、自分は王都で他の令嬢とデートを繰り返しているのよ?」
「わたくしとの交際練習も、わたくしを領地開発に専念させる為、と言う理由もあった筈ですから、今の状況でしたら交際練習を行って領地開発に掛かるわたくしの時間を減らす事はないでしょう」
「ミリちゃんに好意がある様な事を言っていたのではないの?」
「話の流れでそう口にした事もあるかも知れません。ですが交際練習も、コーカデス卿自身への縁談などを避ける為でもありましたので、親密にお付き合いをしている御令嬢がいると言う事は、それを選んだのだと思います」
「そんな、ミリちゃんより他の子を選ぶなんて、あり得ないわ」
「あり得ますよ、チリン姉様。最近わたくしは、開発に関しての話や事務的な話しか、コーカデス卿と遣り取りしていません。付き合う相手としては面白味に掛けると思います」
「そんな事はないわ」
「そうだよ、ミリ。チリンの言う通りだ」
「チリン姉様もスディオ兄様も、身内の目でわたくしを見ていらっしゃいますよね?」
「いや、そんな事は」
「身内だから可愛いけれど、ちゃんと冷静にミリちゃんの事を見ているわ」
「そうだね」
「その上で、コーカデス卿がミリちゃんを軽んじていると、冷静に感じるの。軽んじられた事で気に障るのは、確かに身内としての感覚ですけれど」
「そうだね。そうだけれど、ミリ?」
「はい、スディオ兄様」
「ミリはこの様な扱いをされて構わないのかい?」
「はい」
「はいって、ミリちゃん?」
「コーカデス卿から交際練習の申し込みを受けた時に、最初はわたくしは断りました。引き受けたのは、わたくしに取ってもコーカデス領開発に集中する為に、他の方との交際練習などで時間を取られない様にする為です。それは自分が持て囃されると思ってではなく、父に結婚をさせないと言われているわたくしなら、わたくしの方から婚約を求められる可能性がないと割り切れて、却って交際練習のお試し相手に申し込みが来る可能性を考えたからです」
「そうなの?」
「はい」
ミリは自分の出自から相手に軽く見られて、交際練習をしてやる、と言う態度で申し込んで来られるだろうと思っていた。しかしそれをコーハナル侯爵家の皆の前で、口にする積もりはない。
ただしミリが口にしなくても、その事をミリが思っているだろうとは、この場の皆が感じていた。
そして感じられている事をミリも感じていて、ミリは言葉を足す。
「それですので、コーカデス卿が他の方と交際練習をして頂けるのであれば、コーカデス卿と交際練習の振りをする必要もないので、わたくしも助かるのです」
「助かるって、ミリ」
「良いの?軽んじられていると言う事なのよ?」
「コーカデス卿の意識としては、軽んじている積もりはないと思います。それこそわたくしと同じ様に、わたくしが開発事業に専念出来る様に、わたくしの時間を奪わない様に気遣っているとわたくしは感じていますので」
ミリの言葉にチリンもスディオもラーダもナンテも、揃って困った様な表情を浮かべた。
会話が途切れたところで、ミリの腕の中のディリオがミリの頬に片手を伸ばす。
その様子を見ながらナンテが口を開いた。
「ミリ」
「はい、養伯母様」
「わたくしとラーダはコーカデス卿と話をした事があるけれど、チリンさんとスディオはコーカデス卿に会った事がないわ」
「はい」
「会って直接話をすれば、二人の考えも変わると思うし、どうかしら?わたくし達もミリとコーカデス卿の関係を正しく把握しておけば、不安や心配を感じずに済みますし」
「そうですね」
「ですから、ミリからコーカデス卿に声を掛けて貰えないかしら?」
「わたくしからですか?」
「ええ。大したお付き合いがないのに、コーカデス卿のところに押し掛けたり、コーカデス卿を喚び付けたりは出来ないでしょう?」
「そうですね」
「それなので、ミリの主催で席を設けて貰えるのなら、とても助かるわ」
「そうですね。そうですけれど、わたくしは次にいつ王都に来るか分かりませんし」
「いつ来るかって、王都に滞在中はかなり忙しいの?」
「今回ですか?」
「ええ」
「今回はこの後、乗って来た船でコーカデス領に戻ってしまいますので」
「え?そうなの?」
「はい」
「それほど忙しいのか?」
ラーダが厳しそうな表情でミリに尋ねる。
「一日一日はそうでもありませんが、今日の船を逃すと何日もコーカデス領を空ける事になります。港町開発は母がいるので問題はありませんが、石材の生産はピークを迎えていますので、留守にするのは難しいのです」
「そうなのか」
「はい。ですので養伯母様?」
「ええ」
「コードナの祖母に頼んでみます。養伯母様とチリン姉様、スディオ兄様を誘ってのお茶会に、コーカデス卿がたまたま顔を出すと言うシナリオなら、問題なく会って話が出来るかと思いますので」
「そう・・・そうね。お願い出来るかしら?」
「はい」
「チリンさんもスディオも、それで良いかしら?」
「ええ、母上」
「そうですね」
「ミリ?」
「はい、スディオ兄様」
「忙しいところ、手を掛けて申し訳ないけれど、手配をよろしく」
「はい」
「ミリちゃん。仕事を増やしてごめんなさいね?」
「いいえ、チリン姉様。コーカデス領に来て頂く前に、コーカデス卿やコーカデス家の方達への不信感が減るのであれば、その方が良いと思いますし」
「そう。ありがとう、ミリちゃん」
「はい」
チリンに微笑まれてミリは微笑み返した。スディオもナンテもラーダも、その二人の様子を微笑んで見ている。そしてディリオも笑みを浮かべながら、ミリの顔を見上げていた。
ミリが王都を訪ねていた事をレントが知るのは、貴族議会の準備中にスーノと約束していたスイーツ店から、コードナ侯爵邸の離れに帰った後だった。




